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2022年1月11日火曜日

鳥類研究者・宮城秋乃には起訴状ではなく感謝状を送れっての(沖縄の米軍廃棄物問題)

確実な抑止力の維持といって、安倍政権以来アメリカ・米軍に対する卑屈さが際立っている。
最近の米軍基地を由来とするコロナ・オミクロン株の感染拡大でさえ、米軍に断固とした要請は「日米関係の抑止力は必要というのが政府の判断。毀損するようなことは判断しない」などと山際担当相が言うしまつ。
赤旗 2022.1.9付
他にも核兵器禁止条約への否定的態度、敵基地攻撃能力保持とか、狂気といってもいいようなアメリカ従属の事例はいくらでもあるが、今回の投稿は、なぜか赤旗でもほとんど報道されていない話題だ。
沖縄の新聞では大きく報道されているが、本土の一般紙ではどうなのだろう。

2021年2月11日木曜日

沖縄・浦添市長選 伊礼悠紀(ゆうき)は民意再編に負けた

先日の日曜日(2月7日)、沖縄・浦添市長選の投票日だった。
絶対負けるはずがないと思っていた伊礼悠紀が大差で負けた。
赤旗 2021.2.9付 レイアウトは変えた
なぜこんな結果になるんだろうかと考えてみた。

私が伊礼悠紀を初めて知ったのは8年前の浦添市議選のとき。
彼女は若干30歳で市議選に共産党から初出馬。
トップ当選だった。

2018年2月9日金曜日

名護市長選 公明・創価学会に仏罰を

沖縄・名護市長選は、告示前から大接戦・大激戦といわれ、なぜそうなるのか? と不可解に思っていたが、投票結果はますます不可解なものとなった。
沖縄タイムス 落選の報にうつむき、目頭を押さえる稲嶺進さん
(前列中央)名護市大中の選挙事務所
当選 渡具知武豊 20389票
   稲嶺進   16931票

3458票差で稲嶺が負けた。

2018年1月28日日曜日

名護市長選「大激戦・大接戦」の不可解

今日は沖縄・名護市長選の告示日だ。
赤旗2018.1.19付
9日前の赤旗(上図)を見て驚いた。
名護市長選が「大激戦・大接戦」という大見出し。

4年前の市長選では現稲嶺市長が「圧勝・大勝」で再選した。
名護市長選『誇り高い歴史的審判』(琉球新報)」とブログに書いてから4年たつ。
なんと時の流れの速いことだろう。

2014年6月4日水曜日

最後までぶれずに正義を貫いた竹富町(教科書問題)

日本会議ブログから
下村博文文部科学相は23日の記者会見で、八重山教科書問題をめぐる国の是正要求に応じないとする竹富町教育委員会への違法確認訴訟を提起しないと明言した。

人口4000人に満たない小さな町、竹富町(沖縄県)が国家権力文科省および極右靖国派との3年におよぶ戦いに勝った瞬間だ。

この快挙は新聞一面トップで大々的に報じる価値があるのではないか。
なぜか5/24付赤旗は何もふれていない。

公立学校の教科書を選定する方法は全国どこでも似たようなものだろう。
竹富町の場合は、石垣市、与那国町と3市町でつくる八重山採択地区協議会の答申を参考にして町の教育委員会(以下「教委」)が教科書を選ぶ。

採択地区協議会(以下「協議会」)というのは教科書無償措置法という法律に基づく組織だ。
その地区内では同一の教科書を使用するとある。

2014年1月21日火曜日

名護市長選 「誇り高い歴史的審判」(琉球新報)

赤旗2014.1.20付 一面トップ
名護市長選で稲嶺進が勝った。
赤旗では選挙の結果は翌々日に載るのだが、なぜか今回だけは翌日の一面トップに載った。
“圧勝”とある。

2013年6月29日土曜日

与那国島の自衛隊 「へいわなよなぐにじま、へいわってすてきだね」

昨日(6/28)の赤旗に次のような短信が載った。
赤旗2013.6.28付
与那国に自衛隊配備というのは前から気になっていたが、この短信をみるとそれが現実のものになろうとしている。

2013年5月23日木曜日

琉球新報が橋下徹を糾弾する見事さ

橋下徹の「慰安婦は必要だった」発言からはじまった一連の騒動により、彼らの正体が一般人にもやっと理解されてきたようで、その意味では喜ばしいことだ。

先日宮武嶺のブログ「橋下氏が沖縄米軍に性欲発散のため買春を勧めた事を論証する 橋下市長は公職を辞任・維新は解党すべきだ」を読んでいて、そのコメント欄に、「この社説は見事にまとめられています。ぜひ、このページでも大きく取り上げてください」とあるのに気づいた。
貼り付いているアドレスをクリックすると、琉球新報のサイトが開かれ、5/18付の社説が掲載されていた。

一読して驚いた。
たしかに見事なまでに橋下徹を徹底批判している。

2012年5月15日火曜日

沖縄は独立を

今日は沖縄が祖国復帰してからちょうど40年だ。

ところで、沖縄の人は日本を祖国だと思っていたのだろうか。
江戸時代の初めから実態は薩摩に牛耳られ、明治に入ると琉球処分で日本に編入。
以来ずっと沖縄人は差別され続け、戦争中は捨て石にされる。
戦後は日本に見捨てられアメリカの統治下。

さんざん日本にひどい目にあわされ、それでも日本を祖国と思い本土復帰を願ったのか。
ここのところがどうも長い間腑に落ちなかった。

今日の赤旗で赤嶺政賢議員が次のように述べている。

「沖縄の祖国復帰で、県民が切実に求めたのは、日本国憲法のもとで、『核も基地もない平和で豊かな沖縄』を実現することでした」

米軍の統治があまりにひどかったわけだが、沖縄人は日本への復帰というより日本国憲法のもとへ復帰したかったのか。
納得してしまった。