今年の5月29日に亡くなり、追悼映画会(無料)が佐伯区で一昨日昨日(土日)と催された。
私は50を過ぎるまでほとんど映画に関心がなく、新藤兼人といっても名前ぐらいは知っているという程度だった。
有名な監督だというので、5年前に新藤兼人原作・脚本「陸に上がった戦艦」(監督 山本保博)、4年前に「石内尋常高等小学校 花は散れども」を映画館で見た。
どちらともたいしたものではなかった。
それで遺作ともなった「一枚のハガキ」は見ずじまいだ。
世界的に名をなした監督の作品を1~2本見ただけでつまらないなどというのはあまりにも失礼かなと思い、このたびの映画会で3本(6本上映)ほど見させてもらった。
「原爆の子」(1952)、「裸の島」(1960)、「母」(1963)だ。
みんな古い白黒映画ということは別にしても、すばらしいと思えるものではなかった。
とくに「裸の島」はモスクワ国際映画祭でグランプリをとったものだし、期待していた。
映像はとても美しく芸術的だとさえ思った。
しかし、いっさいセリフなしという企画はとても不自然で作品の価値を落としていた。
それに音羽信子の舟をこいだり天秤棒で水を運ぶ演技が付け焼き刃で見苦しかった。
3本とも戦後日本の貧乏でつらい、あまりにもつらすぎる庶民の姿を描いているのだが、それがつらいだけで終わっているようで、見終わったときの幸福感が全然ないのだ。
希望がないともいえる。
というわけで、私の新藤評が大きくに変わるということはなかった。
Wikipediaをみると、監督のあまりにも輝かしい足跡に圧倒される。
何本か見ただけで私などが軽々しく評価するものではないのだろう。
と思いつつ書いてしまった。
ヒルガオ 2008.6.27撮影 |
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