2017年7月19日水曜日

日本国憲法の誕生 ①安倍晋三の憲法観 その1

2012年総選挙以来の安倍キャッチコピー「日本を取り戻す」は次のように着々と進んでいるようだ。

かつての日本   とりもどしたもの 備 考   
愛国心 教育基本法改定 2006.12.15 第1次安倍内閣で成立
軍機保護法 特定秘密保護法 2013.12.6 成立
大本営 国家安全保障会議(NSC) 2013.12.4 成立
軍需産業 武器輸出原則解禁 2014.4.1 「防衛装備移転三原則」閣議決定
海外での武力行使 戦争法(集団的自衛権行使等) 2016.9.19 成立
教育勅語 教材として容認(条件付き) 2017.3.31 閣議決定
軍事教練 体育武道で銃剣道を採用可 2017.3.31 文科相官報告示
治安維持法 共謀罪(テロ等準備罪) 2017.6.15 成立
「修身」教育 道徳の教科化 小学校2018年度から 中学校2019年度から
*まだあったような。

残るは宿願の憲法改正(改悪)か。

さすがに明治憲法を取り戻すということにはならないみたいで、自民党草案(2012年)を作った。
ときおり自慢げに自民党は憲法改正草案を作ったぞと胸を張ってみせるが、実はそれがあまりにひどい代物だったりして、それを大っぴらに広げてみせるのはちょっと恥ずかしいようだ。

そこで第96条(改正の手続き)の改正を打ち上げてみたり、環境権や緊急事態条項、財政健全化条項の創設、集団的自衛権行使の政府解釈を変えてみたりと変則的な波状攻撃をかけてきた。
笑わせるのは、高等教育無償化のための憲法改正だ。
おまえが言うか? って感じ。

しかしながら具体的な憲法改正の動きを作り出すことはできない。
自分の体調も心配だし、これから先、今のように衆参両院とも改憲勢力が3分の2以上を占めるという状況を維持することも難しいだろう。

焦ったあげく、今回の第9条に3項を付け足して自衛隊を憲法に明文化するという方法を唐突に打ち出した(日本会議・伊藤哲夫のさしがね?)。
それを残された自分の任期中に果たさなければおじいさんに顔向けできないし、日本会議の連中もこわい。
そこで、次の臨時国会に改正案を提出し、2020年には新憲法を施行するというすさまじい日程を広言してしまった。

2020年はオリンピックイアーだからだそうだが、ワケがわからない。

自民党の幹部もどん引きしそうな安倍の狂気にも似た執念だが、とても彼の思い通りにはいかないだろう。
内閣支持率もようやく下がってきたことだし。
と思いつつも、結果的にはいくつもの安倍のごり押しが通ってきた経緯を見れば一抹の不安もある。

ちょっと前置きが長くなってしまったが、今回からシリーズで日本国憲法について考えてみたい(自信はない)。
特に憲法の成り立ちについて。

というのも、戦後72年もたち、憲法誕生の歴史が埋もれつつあると同時に、新しい発見や研究成果もあったりして、私なりに整理しておきたくなったからだ。

とはいえ、私は研究者でもなければいわゆる有識者でもない。
日本国憲法の成り立ちや解釈についての独自の視点や新しい知見は何もない。
そこのところよろしく。

安倍の日本国憲法観 その1

安倍が現憲法についてどのような認識を持っているかは、2013年4月27日の産経新聞インタビューで次のように述べているのがとてもわかりやすい。

「憲法を戦後、新しい時代を切り開くために自分たちでつくったというのは幻想だ。昭和21年に連合国軍総司令部(GHQ)の憲法も国際法も全く素人の人たちが、たった8日間でつくり上げた代物だ」

この安倍の恥ずべき無知な発言に対して、2015年2月、民主党の岡田克也代表(当時)が国会で質問している。
赤旗 2015.2.17付
また、昨年5月には民進党の逢坂議員が質問主意書を政府に提出し、ていねいな質問をしているのに、政府からは人を食ったような答弁書が返ってきただけだ。

――ここから転載(衆議院HPから

安倍総理の日本国憲法に関する発言と日本国憲法第九十九条の憲法尊重擁護義務の整合性に関する質問主意書

平成二十八年五月十三日提出
質問第二七二号

提出者  逢坂誠二

安倍総理は、二〇一三年四月二十七日の産経新聞のインタビューで、「連合国軍総司令部(「GHQ」という。)の憲法も国際法も全くの素人の人たちが、たった八日間でつくり上げた代物だ」と述べている。
他方、日本国憲法第九十九条では、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と規定されている。
これらの整合性について疑義があるので、以下質問する。

一 「代物」という言葉は、『大辞林第三版』(三省堂)によれば、「物または人。低く評価したり、卑しみや皮肉を込めていうことが多い」とあり、代物という言葉には価値観が含まれていると考えるのが一般的である。
安倍総理の日本国憲法は「GHQの憲法も国際法も全くの素人の人たちが、たった八日間でつくり上げた代物だ」との発言は、安倍総理が現行の日本国憲法を低く評価したり、現行の日本国憲法に対し卑しみや皮肉を込めた感覚を持っていると受けとめられる可能性を否定できない。
あるいはその可能性が高い発言であると思われる。
これについて、政府の見解を具体的に示されたい。

二 安倍総理のこの発言において、現行の日本国憲法を低く評価している可能性がないと政府が判断するならば、どのような理由によるものか。
政府の見解を示されたい。

三 安倍総理の日本国憲法は「GHQの憲法も国際法も全くの素人の人たちが、たった八日間でつくり上げた代物だ」との発言は、安倍総理自身が現行の日本国憲法を低く評価していると受けとめられかねないものであり、日本国憲法第九十九条で規定される、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」という、憲法尊重擁護義務に反すると思われる。
これらの整合性について、政府の見解を示されたい。

 右質問する。

答弁書 2016年5月24日

御指摘の産経新聞のインタビューにおける発言については、平成二十七年三月六日の衆議院予算委員会において、安倍内閣総理大臣が「御指摘の私の発言につきましては、現行憲法については、戦後の占領下において、その原案が連合国軍総司令部によって短期間に作成されたものであるとの事実を述べたものにすぎない」と答弁しているとおりである。

転載ここまで――

岡田も逢坂も憲法第99条の総理大臣(公務員等)としての憲法尊重擁護義務にかかわっての質問だ。
この第99条については、根本のところで私にも不可解なものがあって、素っ気ない政府答弁に対してもそんなに腹立たしくは思わない。

私がわからないのは、岡田も逢坂もなぜ「(GHQ民政局のメンバーは)憲法も国際法も全く素人の人たち」とか、GHQの憲法草案=現憲法とした安倍の認識を問わないのだろうかということだ。

民政局のスタッフは25~28人(正確にはよくわからない)、そのすべての経歴を調べることはできなかったが、主だったメンバーについてはある程度わかった。
*主には「日本国憲法を生んだ密室の九日間」(鈴木昭典著 角川ソフィア文庫)から


民政局スタッフの略歴(軍歴以外)
コートニー・ホイットニー

 コートニー・ホイットニー(48歳)  民政局長。陸軍航空隊の中尉時代、ワシントン駐留中、コロンビア・ナショナル・ロー・スクールの夜間部に通って、法学博士の学位をとっている努力のひと。マニラで弁護士。
 チャールズ・L・ケーディス(40歳)  民政局次長。コーネル大学とハーバード大学ロースクールを卒業後、ニューヨークで法律事務所の所属弁護士をしていた。連邦公共事業局副法律顧問。財務省の副法律顧問。
 マイロ・E・ラウエル(42歳)  民政局法規課長。スタンフォード大学で学士号を取った後、ハーバード・ロー・スクールで学び、さらにスタンフォードに戻って法学博士の学位取得。多くの民間会社の顧問弁護士、政府機関の法律顧問、ロサンゼルスの連邦検事補。ホイットニー准将が民政局長に赴任する前から法規課長として、日本の政党や民間の憲法学者と積極的に接触。
 アルフレッド・R・ハッシー(44歳)  ハーバード大学(政治学)卒業後、バージニア大学で法学博士の学位取得。ケーディス、ラウエル、そしてこのハッシーが運営委員会の中心人物。弁護士業の傍ら、マサチューセッツ州で公職。州最高裁判所会計検査官特別顧問。憲法前文の草稿を担当した。
 ルース・エラマン(30歳 女性)  運営委員会の秘書。シンシナティ大学を卒業後、シカゴ大学で修士号取得。シカゴ大学新聞社、戦時経済委員会、ロンドンのアメリカ大使館などに勤務。
 フランク・E・ヘイズ(40歳)  弁護士。シカゴ大学の民間要員訓練所で日本の占領政策の基礎を教育されてGHQに赴任。
 ガイ・J・スウォープ  たくさんの職(会計士、税理士、銀行家)を渡り歩いたのち、ペンシルバニア州政府の予算局長、プエルトリコ総督、内務省準州担当局長、ハリスバーグ選出民主党下院議員などを歴任した経歴の持ち主。
 オズボーン・ハウギ(32歳)  セイント・オーラフ大学卒業後、週刊誌編集長。全米ルーテル派協会会議の広報・渉外。ワシントンDCでノルウェー大使館のスタッフ。
 ガート・ルード・ノーマン  ?
 サイラス・H・ピーク(46歳)  民間人。ノースウェスタン大学を卒業後、コロンビア大学で博士号取得。コロンビア大学助教授。中国を専門とする歴史家。戦前に2年間、日本の大学で教鞭をとっている。民政局内での知日派。
 ミルトン・J・エスマン(28歳)  コーネル大学の政治学部を卒業後、プリンストン大学で政治学と行政学の博士号を取得。合衆国人事院に行政分析担当官として勤務。
 ジェイコブ・I・ミラ  民間人。よくわからない。
 ピーター・K・ロウスト(47歳)  オランダのライデン大学医学部卒業後、シカゴ大学で人類学と社会学の博士号取得。南カリフォルニア大学の大学院で国際関係論、法律学、経済学を修める。インドのマドラスの大学で講師、オーストラリア民族主義の研究、ジャワ島における人種間通婚の調査。トレド大学・リード大学の社会科学部長、農務省の市場調査専門官などをつとめる。
 ハリー・エマーソン・ワイルズ(55歳)  ハーバード大学で経済学を学び、ペンシルバニア大学で博士号を取得。テンプル大学で人文学博士号を取得。ベル電話会社、新聞記者、高校教師、雑誌の主筆など多彩な経歴。1924年から1925年にかけて慶応で経済学の講義もしている。「日本の社会思潮」「危機下の日本」などの著書もある(戦前)。戦後「東京旋風」の著書。
ベアテ・シロタ・ゴードン
 ベアテ・シロタ・ゴードン(22歳 女性)  民政局最年少の22歳。幼少期10年近く日本で暮らす。両親は戦後まで日本に残ったが、ベアテは15歳でアメリカの大学(ミルズ・カレッジ)へ留学。幼少期の日本滞在のあいだにロシア語(両親の母語)、ドイツ語(幼少時代とドイツ学園)、フランス語(家庭教師)、英語(家庭教師)、ラテン語(ドイツ学園とアメリカン・スクール)、さらに日本語を習得していた。成人して以後の更に磨かれた語学力を認められてのGHQ採用。そんな彼女がGHQ草案作成に果たした役割はとても大きかった。
 マーガレット・ストーン(女性)  よくわからない。
 セシル・G・ティルトン(44歳)  カリフォルニア大学で理学修士号をとり、ハーバード大ビジネススクールの大学院で経営学の修士号取得。ハワイ大学、コネテイカット大学の教授。連邦政府物価局の特別行政官。極東の経済・行政について研究。日本の地方自治体の完全な改革を目指す。都道府県知事、また町村長も、公選制に改革。
 ロイ・L・マルコム  よくわからない。
 フィリップ・O・キーニ  民間人。よくわからない。
 フランク・リゾー(43歳)  コーネル大学で電気工学の学士号、ニューヨーク大学、ジョージワシントン大学で経済学、財政学、国際関係論を学ぶ。クリントン・ギルバート社で産業エコノミスト兼役員。全米証券取引業協会の主席エコノミストと銀行投資業務専門委員。ケーディスが日本を去った後、民政局次長を引き継ぎ、後、民政局長。戦後も日本にとどまり、日米経済に貢献。後に勲一等瑞宝章を日本政府から受けている。
 リチャード・A・プール(26歳)  4代前の祖先はペリーと一緒に浦賀へ来て、初代の函館総領事。以後代々日本生まれで、リチャードも6歳まで日本にいた。ハバフォード・カレッジ卒業。外交官。
 ジョージ・A・ネルスン  よくわからない。
 ピーター・K・ロウスト  人類学・社会学博士号
 シャイラ・ヘイズ  秘書
 エドナ・ファーガソン  秘書
 ジョセフ・ゴードン  通訳。後にベアテと結婚。
 I・ハースコウィッツ  通訳

このような人たちがが集まった民政局は、安倍が言うように「憲法も国際法も全くの素人」の集団といえるのだろうか。

たとえば、この民生局メンバーの経歴を書くのに参考にさせてもらったブログ「どくだみ荘日乗」の筆者は次のように述べている。

主な人物たちの経歴であるが、どうだろうか。
彼らは確かに『憲法学』の専門家ではない。
だが、経歴を見てもわかる通り、軍人としても民間人としても、一流の人々であったと思われる。
博士号取得者も多い。
これらの人々が、本国アメリカでさえ実現できていない民主主義の理想を、この敗戦国日本で実現しようと、名誉心や欲得など抜きにして、ほんとうに若々しい熱意と好奇心と情熱を持って、憲法草案作成という任務に携わったのである。

また、「思考停止状態からの脱却」とういうブログには、筆者の言葉か「図説 日本国憲法の誕生」の著者、西修の言葉かよくわからないが、次のように述べている。

彼らの身分は皆、「軍人」だったが、民生局員の大半がアメリカでもトップ・レベルの
大学や大学院を終了していて、博士号を取得してた者、ロー・スクールあるいは修士課程修了者、大学で教鞭をとったことのある者や下院議員の経験者などもおり、誰もが高い程度において民主主義の何たるかを十分に理解した、多士済々のメンバーたちの集まりで、決して「素人の軍人集団」ではなかった。

少なくとも、安部が侮蔑的にいう「素人集団」の認識はまちがっていると断言したい。

次の問題は、安倍はこの民政局がつくったGHQ草案がそのまま現憲法になっているような言い方をしている。
とんでもない話だ。

GHQが憲法草案を作らなければならなくなった経緯、フランス革命・人権宣言以来の人類の英知(日本人自身の英知もふくめて)がGHQ草案に流れ込んでいったこと、8日間という短期間で仕上げざるを得なかった事情、草案が出たあとの日本政府とのせめぎ合いと調整、戦後初の、そして日本の歴史上初めての女性を含めた国政選挙で構成された国会での中身の濃い論議、そして国会での可決成立。
念の入ったことに、最後の現憲法交付時(1946.11.3)には天皇の喜びの勅語まで出されている。

そういったことを安倍は知らないのだろうか。
知っていて知らないふりをしているのか。
一般人であれば知らなくても恥ずかしいことではない(学校では教わらない)。
しかし、安倍は総理大臣なのだ。
安倍晋三は本当にバカなのか」と前に書いたが、本当にバカなのだろう。

ついでに言えば、民進党の岡田や逢坂も…。

▶日本国憲法の誕生 ①安倍晋三の憲法観 その1<本稿>
日本国憲法の誕生 ②安倍晋三の憲法観 その2
日本国憲法の誕生 ③ポツダム宣言受諾
日本国憲法の誕生 ④日本政府の改憲草案 その1 近衛文麿と佐々木惣一
日本国憲法の誕生 ⑤日本政府の改憲草案 その2 松本蒸治
日本国憲法の誕生 ⑥GHQは憲法草案作りをなぜ急いだか
日本国憲法の誕生 ⑦民政局はなぜ短期間で草案をつくることができたのか<1> 民間憲法草案


◆ ツクバネウツギ(スイカズラ科ツクバネウツギ属)◆
ツクバネウツギ 2017.5.7撮影 鋸山山頂
房総半島の先に近いところに鋸山という変わった山がある。ロープウェイもあるし、気軽に登った。山頂に「地獄のぞき」という名所があって、のぞこうとする人が行列をなしている。私もその行列に並んでいたとき、すぐそばに可憐な花をたくさんつけた1本の木があった。誰も気にはしていないのだが、そこは花好きの私。地獄をのぞく前に天国のような美しい花を直近でマクロ撮影した。「和名は、果実がプロペラ状の萼片をつけ、羽根突きの「衝羽根」に似ることに由来する」とWikipediaにあるが、この写真でも中央の花の両側に、まだ果実にはなっていないがプロペラ状の萼片があることがわかる。

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