そのどれもが政府の松本蒸治案に比べればすぐれているわけだが、なかでも、憲法研究会のものが抜きんでていたようだ。
ちょうど10年前の2007年、つまり日本国憲法施行60周年の年、NHKは2本のすぐれた憲法特集番組を製作した。
ETV特集「焼け跡から生まれた憲法草案」とNHKスペシャル「日本国憲法 誕生」だ。
2007.2.10放送 ETV特集「焼け跡から生まれた憲法草案」 |
この2本の番組を見てさえいれば、安易に「押し付け憲法」論に与することはないだろう。
果たして安倍はこれを見たかどうか。
憲法研究会の7人のメンバー
*名前のあとの( )は上の写真の本人の位置。
高野岩三郎 74歳 (上段左) ヨーロッパに留学後、東京帝国大学の教授につき統計学を教える。1919年に経済学部を独立させ、自らは、大原孫三郎が設立した大原社会問題研究会の所長に転じ、研究と労働者教育にあたった。戦後NHK会長に就任、放送の民主化に貢献した。森戸辰男 56歳 (中段左) 東京帝国大学経済学部助教授のときに発表した「クロポトキンの社会思想の研究」が、朝憲紊乱、新聞紙法違反にあたるとして起訴され、大内兵衛らとともに大学を追放される。そして、高野のいた大原社会問題研究会に転じ、さらにドイツに留学する。帰国後、大阪労働者学校をつくり、西尾末広らを知る。戦後、衆議院議員となり、片山、芦田内閣で文相を務めた。
鈴木安蔵 41歳 (中段中央) 京都帝国大学在学中の1926年に、治安維持法が初めて適用された京都学連事件に連座して中退、その後治安維持法で度々検挙される。1937年から衆議院憲政編纂会に勤務し、憲法学者の道を歩む。メンバーでただひとりの憲法学者。
*以上「日本国憲法を生んだ密室の九日間」から。
岩淵辰雄 53歳 (中段右) 政治記者、のちに政治評論家。戦時中、戦争早期終結(近衛上奏文に関与)を工作して、憲兵に逮捕。戦後すぐに近衛に憲法改正案作成を要請するが、近衛案のあまりに保守的内容に失望し、憲法研究会に参加。
室伏高信 53歳 (上段右) 評論家・著述家。政治部記者を経て、第一次世界大戦後に雑誌「改造」特派員としてヨーロッパに渡る。軍部批判で執筆停止。戦後すぐに雑誌「新生」創刊。
馬場恒吾 70歳 (下段右) 政治評論家。言論界の重鎮。英字新聞の記者出身で、読売新聞の主筆・社長などを歴任。自由主義的国際平和主義者。戦中は執筆停止。
杉森孝次郎 64歳 (下段左) 文芸評論家。政治学者。1919年、文部省特別留学生としてドイツ・イギリスに渡り、イギリス倫理思想を学ぶ。
歳は40代から70代、思想的にも大の共産主義嫌いから社会主義者まで幅の広い7人のメンバーが集まった。
共通項は戦時中憲兵に逮捕されたり、治安維持法で拘留されるなどして、活躍の場を奪われていたこと。
リーダーは高野岩三郎で、彼がもっとも若い憲法学者の鈴木安蔵に声をかけてこの研究会が発足した。
憲法研究会は、1945年11月5日に第1回会合がもたれ、その後、週に1度のペースで開かれ、最終的に鈴木安蔵が「憲法草案要綱」としてまとめ、1945年12月26日に発表された。
憲法研究会の憲法草案要綱共通項は戦時中憲兵に逮捕されたり、治安維持法で拘留されるなどして、活躍の場を奪われていたこと。
リーダーは高野岩三郎で、彼がもっとも若い憲法学者の鈴木安蔵に声をかけてこの研究会が発足した。
憲法研究会は、1945年11月5日に第1回会合がもたれ、その後、週に1度のペースで開かれ、最終的に鈴木安蔵が「憲法草案要綱」としてまとめ、1945年12月26日に発表された。
根本原則(統治権)
一、日本国ノ統治権ハ日本国民ヨリ発ス
一、天皇ハ国政ヲ親ラセス国政ノ一切ノ最高責任者ハ内閣トス
一、天皇ハ国民ノ委任ニヨリ専ラ国家的儀礼ヲ司ル
一、天皇ノ即位ハ議会ノ承認ヲ経ルモノトス
一、摂政ヲ置クハ議会ノ議決ニヨル
国民権利義務
一、国民ハ法律ノ前ニ平等ニシテ出生又ハ身分ニ基ク一切ノ差別ハ之ヲ廃止ス
一、爵位勲章其ノ他ノ栄典ハ総テ廃止ス
一、国民ノ言論学術芸術宗教ノ自由ニ妨ケル如何ナル法令ヲモ発布スルヲ得ス
一、国民ハ拷問ヲ加へラルルコトナシ
一、国民ハ国民請願国民発案及国民表決ノ権利ヲ有ス
一、国民ハ労働ノ義務ヲ有ス
一、国民ハ労働ニ従事シ其ノ労働ニ対シテ報酬ヲ受クルノ権利ヲ有ス
一、国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス
一、国民ハ休息ノ権利ヲ有ス国家ハ最高八時間労働ノ実施勤労者ニ対スル有給休暇制療養所社交教養機関ノ完備ヲナスヘシ
一、国民ハ老年疾病其ノ他ノ事情ニヨリ労働不能ニ陥リタル場合生活ヲ保証サル権利ヲ有ス
一、男女ハ公的並私的ニ完全ニ平等ノ権利ヲ享有ス
一、民族人種ニヨル差別ヲ禁ス
一、国民ハ民主主義並平和思想ニ基ク人格完成社会道徳確立諸民族トノ協同ニ努ムルノ義務ヲ有ス
議会
一、議会ハ立法権ヲ掌握ス法律ヲ議決シ歳入及歳出予算ヲ承認シ行政ニ関スル準則ヲ定メ及其ノ執行ヲ監督ス条約ニシテ立法事項ニ関スルモノハ其ノ承認ヲ得ルヲ要ス
一、議会ハ二院ヨリ成ル
一、第一院ハ全国一区ノ大選挙区制ニヨリ満二十歳以上ノ男女平等直接秘密選挙(比例代表ノ主義)ニヨリテ満二十歳以上ノ者ヨリ公選セラレタル議員ヲ以テ組織サレ其ノ権限ハ第二院ニ優先ス
一、第二院ハ各種職業並其ノ中ノ階層ヨリ公選セラレタル満二十歳以上ノ議員ヲ以テ組織サル
一、第一院ニ於テ二度可決サレタル一切ノ法律案ハ第二院ニ於テ否決スルヲ得ス
一、議会ハ無休トス
ソノ休会スル場合ハ常任委員会ソノ職責ヲ代行ス
一、議会ノ会議ハ公開ス
秘密会ヲ廃ス
一、議会ハ議長並書記官長ヲ選出ス
一、議会ハ憲法違反其ノ他重大ナル過失ノ廉ニヨリ大臣並官吏ニ対スル公訴ヲ提起スルヲ得之カ審理ノ為ニ国事裁判所ヲ設ク
一、議会ハ国民投票ニヨリテ解散ヲ可決サレタルトキハ直チニ解散スヘシ
一、国民投票ニヨリ議会ノ決議ヲ無効ナラシムルニハ有権者ノ過半数カ投票ニ参加セル場合ナルヲ要ス
内閣
一、総理大臣ハ両院議長ノ推薦ニヨリテ決ス
各省大臣国務大臣ハ総理大臣任命ス
一、内閣ハ外ニ対シテ国ヲ代表ス
一、内閣ハ議会ニ対シ連帯責任ヲ負フ其ノ職ニ在ルニハ議会ノ信任アルコトヲ要ス
一、国民投票ニヨリテ不信任ヲ決議サレタルトキハ内閣ハ其ノ職ヲ去ルヘシ
一、内閣ハ官吏ヲ任免ス
一、内閣ハ国民ノ名ニ於テ恩赦権ヲ行フ
一、内閣ハ法律ヲ執行スル為ニ命令ヲ発ス
司法
一、司法権ハ国民ノ名ニヨリ裁判所構成法及陪審法ノ定ムル所ニヨリ裁判之ヲ行フ
一、裁判官ハ独立ニシテ唯法律ニノミ服ス
一、大審院ハ最高ノ司法機関ニシテ一切ノ下級司法機関ヲ監督ス
大審院長ハ公選トス国事裁判所長ヲ兼ヌ
大審院判事ハ第二院議長ノ推薦ニヨリ第二院ノ承認ヲ経テ就任ス
一、行政裁判所長検事総長ハ公選トス
一、検察官ハ行政機関ヨリ独立ス
一、無罪ノ判決ヲ受ケタル者ニ対スル国家補償ハ遺憾ナキヲ期スヘシ
会計及財政
一、国ノ歳出歳入ハ各会計年度毎ニ詳細明確ニ予算ニ規定シ会計年度ノ開始前ニ法律ヲ以テ之ヲ定ム
一、事業会計ニ就テハ毎年事業計画書ヲ提出シ議会ノ承認ヲ経ヘシ
特別会計ハ唯事業会計ニ就テノミ之ヲ設クルヲ得
一、租税ヲ課シ税率ヲ変更スルハ一年毎ニ法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ
一、国債其ノ他予算ニ定メタルモノヲ除ク外国庫ノ負担トナルヘキ契約ハ一年毎ニ議会ノ承認ヲ経ヘシ
一、皇室費ハ一年毎ニ議会ノ承認ヲ経ヘシ
一、予算ハ先ツ第一院ニ提出スヘシ其ノ承認ヲ経タル項目及金額ニ就テハ第二院之ヲ否決スルヲ得ス
一、租税ノ賦課ハ公正ナルヘシ苟モ消費税ヲ偏重シテ国民ニ過重ノ負担ヲ負ハシムルヲ禁ス
一、歳入歳出ノ決算ハ速ニ会計検査院ニ提出シ其ノ検査ヲ経タル後之ヲ次ノ会計年度ニ議会ニ提出シ政府ノ責任解除ヲ求ムヘシ
会計検査院ノ組織及権限ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
会計検査院長ハ公選トス
経済
一、経済生活ハ国民各自ヲシテ人間ニ値スヘキ健全ナル生活ヲ為サシムルヲ目的トシ正義進歩平等ノ原則ニ適合スルヲ要ス
各人ノ私有並経済上ノ自由ハ此ノ限界内ニ於テ保障サル
所有権ハ同時ニ公共ノ権利ニ役立ツヘキ義務ヲ要ス
一、土地ノ分配及利用ハ総テノ国民ニ健康ナル生活ヲ保障シ得ル如ク為サルヘシ
寄生的土地所有並封建的小作料ハ禁止ス
一、精神的労作著作者発明家芸術家ノ権利ハ保護セラルヘシ
一、労働者其ノ他一切ノ勤労者ノ労働条件改善ノ為ノ結社並運動ノ自由ハ保障セラルヘシ
之ヲ制限又ハ妨害スル法令契約及処置ハ総テ禁止ス
補則
一、憲法ハ立法ニヨリ改正ス但シ議員ノ三分ノ二以上ノ出席及出席議員ノ半数以上ノ同意アルヲ要ス
国民請願ニ基キ国民投票ヲ以テ憲法ノ改正ヲ決スル場合ニ於テハ有権者ノ過半数ノ同意アルコトヲ要ス
一、此ノ憲法ノ規定並精神ニ反スル一切ノ法令及制度ハ直チニ廃止ス
一、皇室典範ハ議会ノ議ヲ経テ定ムルヲ要ス
一、此ノ憲法公布後遅クモ十年以内ニ国民授票ニヨル新憲法ノ制定ヲナスヘシ
この草案の最大の眼目は、国民主権の明記と天皇の位置づけにある。
天皇は国政に関与せず国家的儀礼を司る、つまり現憲法の象徴天皇制につながる。
その他、特に目を引く条文を赤字にした。
「国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス」はいわゆる現憲法25条にある「生存権」で、森戸の強い主張だ。
「生存権」を補強している。
「男女ハ公的並私的ニ完全ニ平等ノ権利ヲ享有ス」の「完全に平等の」がひかっている。
議会の章では、第一院は比例代表制の公選を明示している。
特筆に値するのではないか。
会計の章では、「苟モ(いやしくも)消費税ヲ偏重シテ国民ニ過重ノ負担ヲ負ハシムルヲ禁ス」とある。
50年先を先取りしたような条文ではないか。
ラウエルの所見とインタビュー
GHQのなかで、民政局が憲法草案を作成する前の早い段階から明治憲法や民間の憲法草案などを研究するよう命じられていたのが民政局の法規課長マイロ・E・ラウエルだ。
ラウエルは1946年1月11日付で「私的グループによる憲法改正案に対する所見」(*リンクは英文)を作成。
「私的グループ」とは憲法研究会のことであり、憲法改正案とは当然「憲法草案要綱」である。
ラウエルの所見(評価)は次のようなものだ。
- 主権在民が明記されている。
- 性別や人種、国籍などによる差別を禁止している。
- 8時間労働など労働者の権利を保障している。
- 国民投票による議会の解散を行うなどの規定がある。
- <結論>ここに含まれている条文は、民主的で受け入れられる。
としながら、不足している条文も次のようにあげている。
- 憲法を無視した政治や立法ができないよう、憲法を国の最高法規と定めた条文。
- 法律が憲法違反かどうかを裁判所が審査できるようにする条文。
- 戦前のような不当逮捕や冤罪を防ぐための刑事被告人の人権保障を定めた条文。
- 主要な地方公務員を選挙で選ぶことを定めた条文。
アメリカのミズーリ州インディペンデンスのトルーマン・ライブラリーというところに、ラウエルが1972年に研究者のインタビューを受けた録音テープがある。
このテープを上述のNHKスペシャルとETV特集の両方が取り上げた。
ラウエルは次のように言っている。
「何ていい案なのだろう。どうしてこんな案ができたのだろう」
「これでうまくいくね、と民政局に人たちに話しました」
「この民間草案を基にいくつか修正すれば、マッカーサー最高司令官が大いに満足できる憲法を作ることができるというのが私の見解でした」
「こうして私も仲間たちみんなも、これで憲法ができると希望を抱いたのです」
それでも民政局が9日間で憲法草案をつくることができた大きな要因(最大要因?)の一つであったことはまちがいないようだ。
では、憲法研究会はなぜそのような立派な草案をつくることができたのか。
リーダーの高野岩三郎と唯一の憲法学者であった鈴木安蔵の2人の力によるところが大きかったのであろう。
ETV特集「焼け跡から生まれた憲法草案」では、鈴木安蔵の憲法研究の遍歴を探っていく。
◆ フデリンドウ(リンドウ科リンドウ属)◆
フデリンドウ 2017.5.8撮影 野島﨑(房総半島最南端) |
ハルリンドウとよく似ているが海に近いことと、根生葉が小さいこと、花の色がうすいことなどからフデリンドウだと思われる。
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