2017年11月4日土曜日

日本国憲法の誕生 ⑭民政局の活動<3> 天皇条項

マッカーサーノート(三原則)の第1項は天皇に関することだった。

マッカーサーノート第1項
天皇は、国の最高位の地位にある。
皇位は世襲される。
天皇の職務および権能は、憲法に基づき行使され、憲法に示された国民の基本的意思に応えるものとする。

昭和天皇ヒロヒト
「最高位」は、「ヘッド」の訳であり、従来は「元首」と訳していた。

マッカーサーノートが民政局長のホイットニーから民政局主要メンバーのケーディスら3人に提示されたのが1946年2月3日だったが、それに先立つ同年1月1日、いわゆる天皇の「人間宣言」が行われている。

この詔書の人間宣言にあたる部分は最後の数行であり、以下の通りである。
「新日本建設に関する詔書」(いわゆる「人間宣言」)より抜粋
朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ

この「人間宣言」もGHQ主導のものであることがわかっている。
このように用意周到に準備された上で、民政局は「天皇条項」の草案を作っていった。

ではなぜGHQ(というかマッカーサー)は天皇制を象徴という形で残そうとしたのか。

天皇は1945年9月27日というかなり早い段階でマッカーサーを表敬訪問し、最初の会談を行った。
その会談の中で、マッカーサーが天皇の言葉に深く感動し、以後、マッカーサーは天皇を尊敬し、天皇擁護の立場に立ったという説が広く信じられている。

この説は当のマッカーサー自身による回想録(1964年発行)の次のような有名な記述から生まれた。

「マッカーサー回想録」(1964年 朝日新聞社発行)から

……天皇の通訳官以外は、全部退席させたあと、私たちは長い迎賓室の端にある暖炉の前にすわった。

私が米国製のタバコを差出すと、天皇は礼をいって受取られた。
そのタバコに火をつけてさしあげた時、私は天皇の手がふるえているのに気がついた。
私はできるだけ天皇のご気分を楽にすることにつとめたが、天皇の感じている屈辱の苦しみが、いかに深いものであるかが、私にはよくわかっていた。

私は天皇が、戦争犯罪者として起訴されないよう、自分の立場を訴えはじめるのではないか、という不安を感じた。
連合国の一部、ことにソ連と英国からは、天皇を戦争犯罪者に含めろという声がかなり強くあがっていた。
現に、これらの国が提出した最初の戦犯リストには、天皇が筆頭に記されていたのだ。
私は、そのような不公正な行動が、いかに悲劇的な結果を招くことになるかが、よくわかっていたので、そういった動きには強力に抵抗した。

ワシントンが英国の見解に傾きそうになった時には、私は、もしそんなことをすれば、少なくとも百万の将兵が必要になると警告した。
天皇が戦争犯罪者として起訴され、おそらく絞首刑に処せられることにでもなれば、日本中に軍政をしかねばならなくなり、ゲリラ戦がはじまることは、まず間違いないと私はみていた。
けっきょく天皇の名は、リストからはずされたのだが、こういったいきさつを、天皇は少しも知っていなかったのである。

しかし、この私の不安は根拠のないものだった。
天皇の口から出たのは、次のような言葉だった。

私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためおたずねした

私は大きい感動にゆすぶられた。
死をともなうほどの責任、それも私の知り尽している諸事実に照らして、明らかに天皇に帰すべきではない責任を引受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨のズイまでもゆり動かした。
私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格においても日本の最上の紳士であることを感じとったのである。

しかし、この回想録にはウソと本当がない交ぜになっている。

豊下楢彦著
「昭和天皇・マッカーサー会見」という本を出している豊下楢彦はその著書の中でこのマッカーサー回想録のウソを次のように暴いている(箇条書きは太陽による)。

①「天皇が筆頭に記され」た戦犯リストなどは、当時もその後も、英ソ両国はもちろん他の連合国からも提出されてはいない。
②百万の将兵が必要となる旨のワシントンへの警告は、会見から4カ月後の1946年1月下旬のことであって、時間的な関係が逆転している。
③天皇が最後的に一切の「リストからはずされた」(つまりは、不起訴が決定された)のは1946年4月のことである。
④タバコ嫌いで有名な天皇は本当にタバコを吸ったのであろうか。

豊下は同書の中で、次のようなことにもふれている。

「回想録」の翻訳が朝日新聞紙上で連載されていた1964年6月、「文藝春秋」編集部が「マッカーサー戦記・虚構と真実」と題する特集をくみ、米陸軍戦史局の公式戦闘記録「第二次大戦に於ける米陸軍」と「回想記」の叙述とを詳細に対比検討した上で、数々の「誇張」「思い違い」「まったく逆」の事実関係をえぐり出した。
そして、
“回想記”とは自己弁明と自慢、自惚れの渦の中にある、ほんの一握りの事実……である。
だから、功成り名とげたお年寄りの単なる自慢話ならば、黙って耳もかたむけよう。
……だが、その老人の話の与える影響がかなり大きいとなれば、問題は自ら違ってくる。
我我は、事実を知らなければならないからだ
と指摘していたのである。

豊下はこの「文藝春秋」編集部の指摘をまことに的確としている。
それにしてもあの文藝春秋が天皇賛美のマッカーサー回顧録をこのように評価していたとはね。

実は、この第1回の天皇・マッカーサー会談の内容については、内務省のスポークスマンが明らかにし、1946年10月2日付の「ニューヨーク・タイムズ」が報じた。
豊下は上記著書の中でそれを次のように紹介している。

天皇はこの機会にあたり個人として、マッカーサーが「一件の事件」もなく占領を遂行したことに感謝の意を表明した。
これに対してマッカーサーは、「円滑な占領は天皇のリーダーシップのおかげである」と答え、占領が「いかなる流血ももたらさなかった」ことについて心からの感謝を述べた。
両者は、もし米軍の本土侵攻が行われていたならば、双方の多大な人的損失と日本の完全な破壊がもたらされていたであろうという点で、意見が完全に一致した。
「天皇は、だれが戦争に責任を負うべきかについてマッカーサー元帥が何ら言及しなかったことに、とりわけ感動した。
天皇は個人的な見解として、最終的な判断は後世の歴史家に委ねざるを得ないであろうとの考えを表明したが、マッカーサー元帥は何ひとつ意見を述べなかった」。
続いて両者は、「連合国によってなされるべき占領のさまざまな施策」について議論を交わし、天皇は「これまでの占領の進捗について『きわめて満足している』との所信を述べた」。
そこでマッカーサーは、天皇が日本の再見に関して望む「どのような提案も歓迎する」と述べ、もしそれらが連合国の政策と一致するならば、可能な限りすみやかに実施されるであろうと約束した。



昭和天皇ヒロヒトの行幸
歴代の総理大臣が国会で先の大戦は日本の侵略戦争であったかどうかについて質問されると、「その判断は後世の歴史家に委ねる」と判を押したように答える先鞭は、昭和天皇がつけたみたいだ。

それにしても「(戦争に)全責任を負う」とマッカーサーに述べたこととずいぶん隔たりがある。

天皇の戦争責任についてはこの稿のテーマではないし、ここではふれない。
ただ、天皇とその取り巻きたちは、ひたすら天皇の戦争責任を回避すべく策動していた。
いざとなったらすべては東条英機のせいにする腹であったし、事実そうした。

戦争責任および天皇発言はどちらにしても、マッカーサーは対日占領政策をスムーズに進めるためには天皇を擁護する、言い方を変えれば天皇を利用する考えであったことに違いはない。

さらに、天皇の扱いについては1946年1月11日に本国からマッカーサーに送附されたSWNCC-228(⑭で詳述)の冒頭にある「結論」にかなり詳しく書かれている。
その部分を再録しておく。

日本の統治体制の改革(SWNCC-228)の「天皇」に関する記述

(b) 日本における最終的な政治形態は、日本国民が自由に表明した意思によって決定さるべきものであるが、天皇制を現在の形態で維持することは、前述の一般的な目的に合致しないと考えられる。

(c) 日本国民が天皇制は維持されるべきでないと決定したときは、憲法上この制度〔の弊害〕に対する安全装置を設ける必要がないことは明らかだが、〔その場合にも〕最高司令官は、日本政府に対し、憲法が上記(a)に列記された目的に合致し、かつ次のような規定を含むものに改正されるべきことについて、注意を喚起しなければならない。
  1. 国民を代表する立法府の承認した立法措置――憲法改正を含む――に関しては、政府の他のいかなる機関も、暫定的拒否権を有するにすぎないとすること、また立法府は財政上の措置に関し、専権を有するものとすること
  2. 国務大臣ないし閣僚は、いかなる場合にも文民でなければならないものとすること
 3. 立法府は、その欲するときに会議を開きうるものとすること

(d) 日本人が、天皇制を廃止するか、あるいはより民主主義的な方向にそれを改革することを、奨励支持しなければならない。 しかし、日本人が天皇制を維持すると決定したときは、最高司令官は、日本政府当局に対し、前記の(a)および(c)で列挙したもののほか、次に掲げる安全装置が必要なことについても、注意を喚起しなければならない。
  1. 国民を代表する立法府の助言と同意に基づいて選任される国務大臣が、立法府に対し連帯して責任を負う内閣を構成すること
  2. 内閣は、国民を代表する立法府の信任を失ったときは、辞職するか選挙民に訴えるかのいずれかをとらなければならないこと
  3. 天皇は、一切の重要事項につき、内閣の助言にもとづいてのみ行動するものとすること
  4. 天皇は、憲法第1章中の第11条、第12条、第13条および第14条に規定されているような、軍事に関する権能を、すべて剥奪されること
  5. 内閣は、天皇に助言を与え、天皇を補佐するものとすること
  6. 一切の皇室収入は、国庫に繰り入れられ、皇室費は、毎年の予算の中で、立法府によって承認されるべきものとすること

そして、これもすでに紹介(⑧で全文)したように、日本国内で最も優れた憲法草案だと思われ、ラウエルに、これを使えば我々の憲法草案がうまくできそうだと言わしめた憲法研究会の憲法草案要綱には天皇について次のように書かれている。

憲法研究会の憲法草案要綱から「天皇」条項を抜粋

根本原則(統治権)

一、日本国ノ統治権ハ日本国民ヨリ発ス
一、天皇ハ国政ヲ親ラセス国政ノ一切ノ最高責任者ハ内閣トス
一、天皇ハ国民ノ委任ニヨリ専ラ国家的儀礼ヲ司ル
一、天皇ノ即位ハ議会ノ承認ヲ経ルモノトス
一、摂政ヲ置クハ議会ノ議決ニヨル

以上、総合的に考えて、憲法の天皇条項はどうあるべきかについては、ほとんど結論が出ていたのではないか。

それでも天皇に関する小委員会を担当したプールとネルソンは、手分けして君主制や王政の国の憲法を片っ端から読破し、天皇条項の条文化に苦労したらしい。

問題の「象徴(シンボル)」という言葉は、1931年制定のウェストミンスター憲章の前文に出てくる。

鈴木昭典がプールに「象徴」はウェストミンスター憲章からとったのかと聞くと、プールは次のように答えた。

そうです。
「シンボル」という言葉は、旗とか紋章とかの物質を連想しやすいのですが、英語では、精神的な意味も強く含んだ言葉です。
日本の憲法学者は、現行憲法第一条の「シンボル」という表現がどこから来たか非常にこだわっているようですが、アメリカ人ならば十人が十人とも「精神的な要素も含んだ高い地位」という意味を、すぐ理解する言葉です。
「シンボル」というのはよい表現だと思いました。

結果、できあがった民政局の草案は次のようになった。

日本国憲法GHQ草案 第1章 天皇

第1条 天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴である。
この地位は、主権を有する国民の総意に基づくものであって、それ以外の何ものに基づくものでもない。

第2条 皇位は、世襲のものであり、国会の制定する皇室典範に従って継承される。

第3条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と同意を必要とし、内閣が、その責任を負う。

天皇は、この憲法の定める国の職務のみを行うものとする。
天皇は、政治に関する権限を持たないものとする。
天皇は、政治に関する権限を手中に収めてはならない。
また、このような権限を天皇に与えてはならない。

天皇は、法律の定めるところにより、その職務の遂行を委任することができる。

第4条 国会の制定する皇室典範の定めるところにしたがって摂政が置かれたときは、天皇の任務は、摂政が天皇の名において行なう。
この憲法に定められた天皇の職務に対する制約は、摂政にも同じように適用される。

第5条 天皇は、国会の指名した者を、内閣総理大臣に任命する。

第6条 天皇は、内閣の助言と同意のもとにおいてのみ、国民のために、左の国の職務を行なう。

国会によって制定されたすべての法律、すべての政令、すべての憲法改正および条約その他すべての国際協約に、天皇の公印を捺し、これを公布すること。
国会を召集すること。
国会を解散すること。
総選挙の施行を公示すること。
国務大臣、大使および法律の定める官吏の任命または委嘱および辞任または解任を認証すること。
大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除および復権を認証すること。
栄典を授与すること。
外国からの大公使を接受すること、並びに
[天皇が行うのが]適当な儀式を行なうこと。

第7条 国会の議決がない限り、皇位に対し金銭その他の財産を与え、または皇位が支出を行なうことはできない。

1946年11月3日に公布された現憲法の天皇条項は、一部語句の修正や条項番号の整理などがあるものの、ほぼこのGHQ案の通りになっている。



◆ ホトケノザ(シソ科オドリコソウ属)◆
ホトケノザ 2014.3.27撮影
ホトケノザは何度もこのブログに載せた。ありふれた野草だが、このように群れているところをやや下方からアップで撮るとなかなか華やかで美しい。

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