実質命令のように受けとめて、全国の学校は3月2日から一部の自治体を除いてほんとうに一斉に休校を始めた。
2月29日が土曜日、3月1日が日曜日であったから、安倍の命令後生徒が登校できたのは実質2月28日の1日のみであった。
卒業、進学、進級を間近にひかえ、子どもたちの動揺はいかばかりであったろう。
現場の教師たちは混乱をきわめただろう。
そして働いている親たちの困惑。
実際に休校が始まってみると、学童保育や保育園はどうする、給食がなくなることの子どもたちや農家への影響、コロナ対策の最前線に当たる看護師までもが休職して子どもの面倒を見るなどたくさんの悪影響が可視化されてきた。
これらを安倍は少しでも考えたであろうか。
文科相に相談もなく、ただコロナ対策を一国のリーダーとして力強くやっている姿を国民に見せるチャンスととらえたか。
5月の大型連休が明けて、自治体によってさまざまな形態で学校はじょじょに再開されていった。
そのなかで多くの自治体が教室での密を避けるため分散登校という方法をとり、その結果、奇しくも1クラス20人前後の少人数学級が実現することになり、子どもの教師も保護者もそのメリットを体験することになった。
学校の教員たちは「子どもの話を聴くことができた」と話し、子どもや保護者からも「先生がていねいに勉強を見てくれた」という声が聞かれました。みんなが少人数学級の良さに気付きました。元の多人数の学級に戻ると、子どもたちは「先生が怖い」と話すようになったと聞きます
*清水睦美(日本女子大学教授) 赤旗日曜版2020.8.23号から
一斉休校後の6月、1グループ15人程度の分散登校で学校が再開しました。子どもらは僕らの発想とは違い、楽しいことをしてくれます。そうしたことを同僚間で語り合える幸せを実感しました。しかし2週間後には40人学級に舞い戻りました。
コロナ前でも40人学級を“適切”に維持しようと思えば、教師は冷たい顔で「静かにしなさい」と言わざるを得ません。個性を尊重したくてもできない状況でした。
学校再開後はそれに加え、感染防止のため、休み時間の友達との接触禁止や、給食も全員が前を向いて黙って食べるなど管理・統制がより強まりました。
学校は本来、人との関わりの中で子どもの人間的な成長・発達を保障する場です。しかし、僕らは人との距離を取るよう子どもに言わなければいけません。今教師は、子どもの健全な成長を保障したいと強く願うほど、こうした管理や矛盾に苦しんでいます。
*東京都公立小学校勤務の30代教諭 赤旗日曜版2020.8.23号から
当初の分散登校も不安でした。午前と午後の2回授業。昼食休憩も削って、感染防止の消毒作業。緊張度の高い長時間過密労働です。
でも、教室には40人は入れられない。過密を避けるためには「分散登校の少人数学級」しかなかった。結果、少人数学級は、マスク越でも子どもの声が聞こえ、表情を感じられることが分かりました。びっくりでした。
先日、教職員組合との懇談の場で、中学校の校長が「不登校気味の子が午後の分散登校には来ていた。その子その子に合わせた学校があってもいいんかなあ。遅刻とか言わんと」と話してくれました。一人一人にこたえる学校、認め合う学校が共有できたのです。それは、教師もうれしい学校でした。
6月中旬までは少人数のいい学校でしたが、7月は最悪でした。時間割は「国算国算」。外国語はあるけど、学級会もプールもない。感染防止だとグループ活動や児童会行事もない。給食さえ前を向いて、黙って。危険な暑さなのに、マスクも外せない。しかも、夏休みは短い。
*兵庫県小学校教諭 赤旗 2020.8.29付から
共産党は6月2日に「子どもたちの学び、心身のケア、安全を保障するために 学校再開にあたっての緊急提言」を発表して以後、「少人数学級を子どもたちにプレゼントしよう」と奮闘し、赤旗も連日のようにそのキャンペーンをはった。
6月10日の衆院予算委員会(YouTubeにリンク)では、志位委員長が政府に少人数学級のとりくみを提案し、安倍が「コロナ後を見据えて検討していきたい」と答弁。*YouTubeでは30分40秒あたりからコロナと教育問題、49分20秒あたりで少人数学級に対しての安倍の答弁。
さらに政府は安倍自らが議長をつとめる経済財政諮問会議において、経済財政運営の基本方針「骨太の方針」の教育分野で次のような原案を提示(7月8日)。
「緊急時においても、安全・安心な教育環境を確保し通、すべての子どもたちの学びを保障するため、少人数指導によるきめ細かな指導体制の計画的な整備」
この「少人数によるきめ細かな指導体制の計画的な整備」という骨太の方針は小中学校の40人学級見直しを含んでいるのかという共産党の畑野氏の質問に、萩生田文科相は次のように答弁(7月22日の衆院文科委)。
「現在の64平方メートルの部屋(教室)に40人が入る環境が、本当に今後の感染症に耐え得るか、しっかり考えていかなければならない。少人数の有効性を深掘りしたい」
具体的に少人数学級実現の展望が開けてきた。
赤旗 2020.7.23付 |
ここまでコロナ禍における少人数学級実現をめざす動きを書いてきたが、本投稿の目的は実は別のところにある。
自民党政権が、とりわけ安倍政権がいかに少人数学級実現を求める国民の声を無視し、また妨害してきたかを示したい。
2010年8月27日付で文科省は「新・公立義務教育諸学校教職員定数改善計画(案)」を作成した。
赤旗 2020.7.27付 |
右表は赤旗から転載だが、文科省のHPにもまったく同じ表が掲載されている。その副題には「30年ぶりの40人学級の見直し・10年ぶりの教職員定数改善計画の策定に向けて」とある。
2010年8月といえば、前年の9月に民主党が自民党から政権を奪取して約1年目で、この年の6月に鳩山由紀夫内閣から菅直人内閣に代わった直後だ。
文科相は川端達夫が再任されている。
つまり、自民党政権が1980年にようやく40人学級に踏み出し、小学1年から段階的に12年もかけて小中学校の全学年で40人学級が達成された(1991年完了)のだが、そのとっかかりの1980年から数えて30年ぶりに40人学級の見直しを始めたということだ。
1980年以前の学級定数はどうだっかのかというと、その学級編成を決めている義務教育標準法という法律が制定された1958年では50人であった。
1964年に45人に引き下げられ、それから16年後の1980年に40人学級が始まった。
40人学級というレベルは国際的にみたらどうだったのだろう。
1980年時の古いデータはちょっと手に入れることができなかったので、2008年のデータを載せる。
参照先 |
参照先 |
しつこいようだがさらにわかりやすい図を紹介すると、
赤旗 2015.3.22付 |
ここで注意してほしいことは、40人学級なのになぜ28人とか33人なのかと思う人がいるかもしれない。
ちょっとばかていねいになってしまうようだが、説明しておく。
40人学級という規則は、1学級40人を超えてはならないということ。
話しをわかりやすくするために、1学年40人の子どもがいるとすると、その学年は1学級40人の1クラスだが、41人の子どもがいれば、20人の学級と21人の学級の2クラスになる。
だから、年度初めにその学年の生徒数が何人いるかということはたいへん重大なことで、1人転出が出たために今まで20人学級と21人学級の2クラスだったのが、いきなり40人の1クラスになったりする。
もちろん逆もありで、1人転入があったために、40人1クラスだった学年が急に20人と21人の2クラスになって大喜びということもある(そのために教師が1人増えるという喜びもある)。
他にも国の決まりとは別に、多くの自治体が独自の予算を支出して35人学級とかをすでに始めている学校も多いのだ。
このようにして全国平均すると小学校では1学級28人、中学校33人というわけ。
話を元にもどして、
民主党政権による「30年ぶりの40人学級の見直し」では、2011年から小学1年と2年で35人学級は始まり、2016年には中学3年までの全学年が35人学級を達成し、さらに2017年からは30人学級に突入する。
そして、今年2020年には小学1~4年が30人学級で、小学5~中学3年は35人学級になっているはずだった。
ところが今もって、小学1年のみが35人学級でその他はすべて40人学級のまま。
なぜだ。
計画の出発点において、まず年末(2010年)の予算折衝で、財政難を理由にして2011年からの35人学級は小学1年のみになってしまった(ここで当初計画案から35人学級達成時期が1年遅れることに)。
さらに、野党の自民党が2011年に入ってこの政府案に反対する態度を示し(自民党の第1の妨害)、一時はこの小学1年のみの35人学級でさえ流れそうになったが、東北大震災の影響などにより、自民党が折れて新年度に入って(4月15日)政府案が成立するという異例な経緯をたどった。
東京を除く道府県はすでに自らの予算で小1の35人学級は始めていたから大きな混乱はなかったが(それでも予算の面でホッとした)、東京は小学1年も従来通り40人学級で年度をスタートしていたから学級編成を急きょやり直すという大混乱をきたしたりした(石原都知事の悪政をここでも見る)。
翌年(2012年)は小学2年の35人学級がスタートするはずで、実際そうなったのだが、不思議なことに義務教育標準法の改定による正式な学級編成によるものではなく、次のように教員の加配による35人学級になっている。
○「日本再生重点化措置」による予算配分について検討を行う「予算編成に関する政府・与党会議」において、少人数学級の推進は「優先・重点事業に準ずるものとして一定の配慮をする必要」があるものとされ、「小2の35人以下学級について学力等への政策効果を全国レベルで検証した上で検討。それまでの間、地方での進展や公務員人件費改革を十分踏まえ地方の自主的な取組みを支援」との対応方針が示された 。
○ この結果等を踏まえ、政府が平成23年(2011年)12月24日に閣議決定した平成24年(2012年)度政府予算案においては、小学校2年生の35人以下学級については法改正による制度化ではなく、小学校2年生の36人以上学級を解消するために必要な加配定数の増(900人)により対応することとなったほか、(以下略) *文科相の資料から
私にはよく理解できないのだが、当初の民主党政権の文科省による2018年までの「30年ぶりの40人学級の見直し」計画は、それがそのまま法制化されるわけではなく、それをもとにして毎年法が改定されていくということだろう。
けっきょく、2012年の小学2年の35人学級は実質達成されるわけだが、法律上の35人学級は小1だけのままで、民主党政権は自ら決めた計画をさらに1年延期したことになる。
それでも、各都道府県は自治体は独自の予算で35人学級を可能な限り進めていく。
民主党政権は、当初の計画から2年遅れたものの、2013年から5年計画で小中学校の全学年で35人学級実現をめざす計画を決めなおした(えらいと思う)。
ところが2012年12月、民主党は下野することになり、自民党政権(正確には自公政権)が復活。
とたんに次のような結果になった。
心血を注いできた悲願と言ってもいい。
それが民主党政権になってようやく日の目を見ようとしたとき、自民党安倍政権の復活により、あっという間にわけもなくくつがえされた(自民党の第2の妨害)。
安倍政権(安倍といってもいいが)のこの比類なき冷たさはどうだろう。
全教の今谷書記長が「日本の教育予算は世界でも最低水準」といっているが、じっさい、以下のごとくだ。
赤旗 2020.9.10付(2017年のデータ) |
安倍内閣の財務大臣は自民党政権が復活した2012年12月以来現在まで絶えることなくずっと麻生太郎が務めてきた(副総理も)。
その財務相が、唯一導入されている小学1年の35人学級を2015年から40人学級に戻せと言い出した(自民党の第3の妨害)。
麻生と安倍は福首相(&財務相)と首相、まさに史上最悪のコンビである。
よくもまあこのような非情な方針を持ち出せるものだ。
この財務省のたくらみは、保護者、教職員、自治体など幅広い反対の世論が広がり、文科省も反対を表明していたこともあり、2015年1月、政府はこの財務省要求を却下。
この2015年時点で、全都道府県が独自に少人数学級の拡大に取り組み、10県が中学3年まで実施している。
このような自治体の努力を尻目に、国は法律に基づく35人学級の制度化に背を向け続けてきて今日にいたり、今コロナ禍で子どもたちも学校現場もみんな苦労している。
災いを福となす、ではないけれど、自公政権はこれまでのような態度を改め、このコロナ禍の教訓を生かして、1日も早い国の制度としての少人数学級実現を願っている。
コマツヨイグサ 2018.5.12撮影 宇久島 大浜海水浴場 |
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