2023年1月27日金曜日

「パンとサーカス」 島田雅彦の思いは伝わるか

図書館に予約していた本が昨年12月中旬に届いた。
島田雅彦の「パンとサーカス」だ。

なんて分厚い本だろう。
最近はこの手の本が多いような気がする。
560ページぐらいだが、ページ数のわりには本の厚みが大きいので、1枚ごとの紙がふつうの本よりちょっと厚いのではないかと思う。

当然重たくて、キッチンの測りに載せたら673グラムあった。
寝て読むのはとてもつらい。

ちなみに手元にあった池波正太郎の「人斬り半次郎 幕末編」文庫本が同じぐらいのページ数で272グラムだった。
厚みも測っていたらよかったのだが、抜かってしまった。

などとどうでもいいことを書いてしまったが、そもそも私は島田雅彦にいい印象を持っていなかった。
ときおりテレビなどで発言している彼のようすを見て、そのニヒルな顔つきやしゃべり方が好きになれなかったのに、なぜ私はこの本を読もうとしたのか。

思い出せないので、赤旗の切り抜きを調べて見た。

昨年の5月15日付の日曜版に、この本について島田雅彦本人にインタビューした記事があった。

その記事の最後の方で、彼が次のように語っている。

「憲法9条を机上の空論だとか“お花畑”だと言う意見もありますが、核共有や敵基地への攻撃こそ現実的でない机上の空論です。もしも敵基地への攻撃をしたらどんな報復がなされるか。結果的には日本が焦土と化し、完全な機能不全に陥ります。そうしたリアリティーを持たない考えの方が“お花畑”です」

「私は共産党員ではないのですが(笑い)、独立国としての日本国民のプライドを突き詰めて考えたら、日米安保条約を破棄して、中立宣言をするしかない。憲法9条の平和主義で立国するようにすれば、世界史上、例のない国家の樹立になるはずです。この実験は、大いにやってみる価値があると思っています」

島田雅彦 赤旗日曜版 2022.5.15付 
いっぺんに気に入ってしまって、すぐ図書館に予約したとわかった。
それで7カ月待ってやっと順番が回ってきたというわけ。

ところが、果たしてこの大部の本を遅読の私が2週間で読み切ることができるのか。
結果的に全然読み切れなかったのだが、運のいいことに2週間後の返却日が年末の休館日だったので、返却日が1週間延びていた。
それで、足かけ2年かけて読み終えた。

と、またまたどうでもいいようなことを書いてしまった。

この本に共感するのは、私のような者が日頃思っていることを、プロの作家だったらこのように文章化するんだという心地よさのようなものがあるからかもしれない。

たとえば、先の日曜版の記事では、次のよう表現をこの本から引用している。

<官邸の人間はしょっちゅう自分の身内や仲間の罪をうやむやにしてるじゃないか。選挙違反も、公金の乱用も、収賄、贈賄、公文書の改竄、破棄、国会での虚偽答弁、暴力事件、レイプ事件のもみ消し、いくらでもある>
<中国の脅威をあおれば、無理が通る>
<日米同盟の奉仕者たちは露骨に戦争の危機を煽り続けるが、それは戦争で儲ける軍産複合体への奉仕と同義となる>
<アメリカは日本を守る気がないし、中国と戦争する気もない。それなのに日本はアメリカの核の傘に守られていると思いたがり、中国がミサイル攻撃を仕掛けてきたら、アメリカが反撃してくれると信じている。こんな国家規模の詐欺にはこれ以上、付き合っていられない>

といった具合。

以下、実際に読んでみて、「やはりそういうことなんだな」と改めて現状認識を深めたような部分をいくつか引用してみる。

――国会議員というのは三日やったらやめられない。歳費や活動費のほかにも色々利権を貪って、私利私欲をいくらでも追求できる。とりわけ世襲議員は腐ってる。政治や国民のことなんてこれっぽちも考えたことはなく、基本遊んで暮らしている。こんなに楽できる仕事はほかにないから、選挙のときだけは真剣になる。「一生遊んで暮らしたいので、どうか、この私に清き一票を」というわけだ。本気で国民第一に考えている議員もいるにはいるが、絶滅危惧種だ。
*「パンとサーカス」P.117

ヤクザの組長の息子として二世国会議員とツルんでいる空也という寵児(主役)の小学生以来の親友のセリフだ。

具体的に世襲議員といえば、岸田文雄現首相もあの安倍晋三も世襲3代目だ。
安倍なんていうのは、父方母方双方の祖父が政治家(岸信介と安倍寛)だった。

戦後、吉田茂以後の33人の総理大臣の内、その2親等内の親族に国会議員がいるのは25人。
33人中の25人、つまり4人に3人が親族も国家議員だ。

国会議員全体では3人に1人が世襲議員と言われている。
自民党に限ってみれば、約4割が世襲議員。

アメリカでは、上下両院議員で世襲議員は5%以下らしいので、やはり日本の世襲議員は異常に多い。

――安全保障の理論家もCIAの長官も口を揃えて同じことをいっています。アメリカの核の傘は幻想に過ぎない、と。あなた方もそれがよくわかっているはずです。日本が集団的自衛権を行使できるようにしたからといって、アメリカは何もする気はなく、リゾート気分で日本に駐留し、その費用を日本に負担させ、さらに増額を要求するだけでしょう。目下、中国軍は日本全土を射程に収める中距離ミサイルを二千発以上持っている。極超音速滑空ミサイルDF17は軌道を変えながら秒速三千メートルで飛んでくるんですよ。そんなミサイルを迎撃することなど物理的に不可能です。中国軍はいざ戦争となれば、重要な軍事施設を瞬時に破壊できる能力を持っています。自衛隊や在日米軍の空港や港、指揮統制システム、通信システムが狙われ、艦艇や戦闘機は出撃前に破壊されてしまいます。ミサイル攻撃の後、中国軍は戦闘機や爆撃機を投入してくるでしょうが、それに対抗するためにアメリカは本土から長距離ミサイルを発射してくれますか? 核攻撃だけはぜったいにしないことはわかっています。重慶や武漢を核攻撃したら、報復でシアトルやサンフランシスコにキノコ雲が立ち上がるからです。よほど狂った大統領でなければ、そんな自殺行為はしないでしょう。それとも狂った大統領を担ぎ上げて、自滅しようとしているのですか? そうでないならば、どう対抗してくれるのか? 有事の際は日本を守ると曖昧にリップサービスをするだけで、アメリカは何一つ具体的な戦略を示してこなかった。空母も出動させ、戦闘機を飛ばしてくれるんですか? 日本が爆買いをしたF35を出撃させてくれるんですか? 米軍がゴーサインを出さないと、高価な戦闘機も宝の持ち腐れになるだけです。もしかすると、ポンコツであることがバレるから、出撃命令は永遠に下されないのかもしれない。そもそもの大前提として、アメリカは決して中国との戦争には踏み切らない。アジア太平洋地域における軍事的影響力が一気に低下し、ハワイまで奪われかねず、その損失は計り知れないからです。
*「パンとサーカス」P.169~170

これは、アジア政策研究センターというCIAの日本出先機関で働くミュートという日本人諜報員が、センターの長グレイスカイに怒りを爆発させる場面。

日本では敵基地攻撃能力(反撃能力)が必要だと、正気を失った首相が大軍拡に突き進もうとしているが、中国ではそんなものはとうの昔から持っているのだ。
日本が中国とミサイルを撃ち合って、本当に勝てると思っているのだろうか。

タモリの「新しい戦前」発言が的を射ている。

 限られた少数者の利益に奉仕する政権を、利益に与れない多数者が支持するという茶番がもう何十年も続いていた。「絶対多数のアホが突然賢くなることはない」と多くの知識人は諦めている。デモに参加することさえ躊躇する一般市民が反乱や暴動に加担することはない。逆にその取り締まりを強化しろと主張するに違いない。自らの手で自由を勝ち取ろうとするより、政府に服従するから、見返りをくれという者の数が圧倒的に多い。自由よりも管理の徹底を求める自発的服従者たちから見れば、内部告発者も悪政の批判者もテロリストも皆、等しく反逆者だ。
*「パンとサーカス」P.342

これは寵児の慨嘆か作者のいらだちなのか?
小泉純一郎が首相のとき、自分たちの首を絞めている相手(小泉)を多くの庶民が熱狂的に応援するのはなぜだろうかと不思議に思ったものだ。
安倍晋三のときもしかり。

――話せば長くなる。蓮華家は親父の代からCIAに協力して、アメリカの占領政策の片棒を担いできた。親父は戦犯として追放されとったけど、CIAが復活の道をひらいたんや。国粋主義者を反共勢力として利用するためやった。暴力団を下請けにして、企業乗っ取り、脅迫、メディア操作もやった。公営ギャンブルの利権ももろて、裏では武器売買も手掛けた。アメリカ製の戦闘機の納入を政府に働きかけて、工作資金を貴金属や外国為替を扱うダミー会社経由で受け取ってたんや。その見返りとして、CIAの日本支部のアジア政策研究センターを作ったんが親父や。
*「パンとサーカス」P.427

一読して蓮華家の親父というのは笹川良一だとわかる。
すると、この述懐は良一の三男、笹川陽平のものだろう。

笹川良一が「世界一家 人類兄弟」を唱え、競艇で得た金を使って慈善活動をしていたことはよく知られているが、CIAのエージェントであったことも公然の事実だ。

A級戦犯容疑者だった彼はアメリカに協力することによって戦犯を逃れ、さらには国会議員にもなったが、フィクサーとして戦後政財界の闇の多くを担ってきた。
おまけにCIAのエージェントとはね。

そういえば笹川一家も3代続く世襲議員で、今の衆議院農林水産委員長の笹川博義は笹川良一の孫だ。

――アメリカが親中路線に舵を切る可能性はどの程度ありますか? 総理が何よりも心配しているのは日米同盟の空洞化です。米中戦争の不安よりもこちらの不安の方が大きい。
 先月、官房長官のポストに就いたばかりの本橋敬二郎が胸の内を明かすと、グレイスカイは心配無用」と断言した。
――ジョーカー大統領の在任中は軍産複合体の利益を優先的に守るので、在日米軍の重要性は変わりません。太平洋を挟んで、双方のミサイルが飛び交う事態になれば、それこそ世界の終わりですから、そうならないよう牽制するためにこそ在日米軍がいるのです。日本のタカ派の議員の中には中国との戦争を待ち望んでいる人もいるようですが、領海侵犯がきっかけの武力衝突は充分にあり得ます。そのときは海上自衛隊の出番です。在日米軍が出動せずに済むように、存分に活躍してもらいたいと思います。
――尖閣諸島を中国に奪われたら、米軍にとっても大きな痛手になるので、有事には米軍を出動させるという確約がほしいのですが。
――もし米軍が出動したら、中国がどういう反応に出るか、それを慎重に見極める必要がありますが、できる限り、応援するでしょう。
 こういう曖昧な口約束はほぼ恒例化しているといってもよかった。武力衝突の際は米軍が助けてくれるという建前なしには日米同盟は成立しない。すでに自衛隊は専守防衛の原則を逸脱し、日本から遠く離れた戦闘地域に部隊を派遣して、米軍を助けている。その見返りとして、中国に対する抑止力を発揮してもらわなければならないのだが、歴代の大統領も在日米軍司令部も米軍の出動を匂わすだけで、確約まではしてくれない。それでは世論が納得しないので、アメリカ側の曖昧な返答に日本側の希望を盛り込んで、「有事の際は米軍が出動する」と公言してきた。首相も官房長官もグレイスカイを老練な寝業師と見て、大統領に確約を取り付けてもらいたいようだが、その期待はおそらく裏切られるだろう。防衛費の負担をほぼ満額回答したにもかかわらす、アメリカのこの「やらずぼったくり」ぶりに机をたたいて抗議するくらいの気概はないのか、と寵児は首相の猫背を見つめていた。
 アメリカが親中路線に大きく舵を切ったとしても、それによって日本が滅亡するわけではない。日米同盟が役目を終えるだけだ。そうなればなったで、日本も独自に中国やロシアとの多角的な安全保障を構築するなり、中立の立場を模索するなりすればいいではないかと思うがそのような考えの持ち主は極めて少数派で、外務省や防衛省でも傍流に追いやられ、出世は絶望的である。「アメリカの属国をやめたら、中国の属国になってしまう。それは勘弁してくれ」という人が多数派だろうが、彼らはその先のことを一切考えようとしない。中立や戦争放棄も、先制攻撃や核兵器保有も「全てナンセンス」で終わりだ。
 韓国やオーストリア、ドイツやイタリアでも同じだろうか? 非武装中立などと唱える者は「おバカさん」扱いで、アメリカに隷従する者だけが優遇されているのか? そんなはずはない。それを全く屈辱と感じない鈍感さがなければ務まらない。
 食事を終え、散会する際、犬養首相がグレイスカイの手を両手で握り、「あなたは日本の治安維持向上の功労者です。天皇陛下から叙勲を受けられるよう推薦しておきます」とおべんちゃらを囁くのを寵児は言葉通りに通訳しながら、自分まで卑屈になってゆくように感じていた。
*「パンとサーカス」P.440~441

犬養首相とは安倍のことで、ジョーカー大統領は当然トランプのこと。

アメリカ大統領の靴を舐めんばかりのお追従外交を繰り返し、「アメリカ大統領が尖閣諸島も日米安保の適用範囲だと約束してくれた」と誇らしげに自慢してきたのは安倍に限らないが。

後半は作者・島田の平和論がにじみ出ているかな。

――君は信じないだろうが、日本は独立のための戦いを始めるべきだと私は思う。暗殺やサイバー攻撃に震え上がる腰抜けどもはもう見飽きた。アメリカは自由も平等も民主主義ももたらしてはくれない。アメリカはただ収奪するだけだ。
――自由と平等は自らの手で勝ち取れと?
――そうだ。要求し、戦わなければ、永遠に手に入れられない。アメリカでは黒人も、女性も、ゲイもマイノリティも熾烈な権利闘争を経て、自由と平等を獲得したのだ。だが、日本人はどうだ? 現状をただおとなしく甘受しているだけではないか。なぜこうまで無抵抗なのか。全く理解できない。もっと抵抗すべきだ。
――抵抗する者は徹底的に叩き潰すのに、抵抗を呼びかけるというのは大いなる矛盾ではありませんか? それが日本への愛だと?
――鞭打つ愛だ。日本人の多くはこう思っているのではないか? 敗戦によって、天皇を頂点とする軍事独裁政権から解放され、アメリカから民主国家としての独立を許された、と。それはとんでもない錯覚だ。講和条約によって、独立国家としての体裁を取り戻したというのは建前に過ぎず、日本は実質、アメリカの植民地として、半永久的に支配されることになったのだ。首相も大臣も官僚もアメリカの統治に協力する地方行政官に過ぎない。独自の憲法を掲げているが、それにも植民地でしかないという現実から目を背けさせるためのファンタジーに過ぎない。だから、この国の施政者たちは率先して、憲法を軽視するのだ。もっとも、夢物語としては実によくできている憲法だとは思うがね。
*「パンとサーカス」P.447~448

寵児とグレイスカイの対話。

アメリカはただ収奪するだけだ
自由と平等は自らの手で勝ち取れ
日本は実質、アメリカの植民地として、半永久的に支配されることになった

日本はアメリカの植民地、それでいいのか、とこの本は訴えている。
また、それを言いたいために島田はこの本を書いたと思える。

 世直しの成果なのか、単なる錯覚か、スクラップ・アンド・ビルドが進行している気がしないでもなかった。先ず、ならず者たちの王、ジョーカー大統領が権力の中枢から追い出されるのと前後して、彼の忠犬にして個人ATMでもあった犬養首相も辞任した。表向きの理由は体調不良だったが、自国党の内部で禅譲を促されたのだった。八年に及ぶ長期政権のあいだ、公職選挙法違反や公金の不正支出、贈収賄、国会での偽証など違法行為を積み重ねてきたが、全て起訴猶予になっていた。ところが、首相を辞任した途端、犬養の影響力を削ぎ、二度と表舞台に立たせまいとする排除の力が党内で働き、これまで犬養首相の顔色ばかり窺っていた検察が態度を一変し、訴追を検討し始めた。
*「パンとサーカス」P.498

この本の出版は2022年3月24日だが、2021年8月に新聞連載が終わったものだ。
安倍が首相を辞任したのが2020年9月。
だからこの小説はほぼ日本の現状をリアルタイムで風刺したものになっている。

ただ、安倍以後の管政権、岸田政権については現実から離れている。
しかし、安倍の悪行の数々、安倍辞任後の検察の動きなどはノンフィクションとしか思えない。

それにしてもこの安倍を国葬にするとは、どこまで自民党は腐っているのだろう。

ちょっと驚くのは、小説中に出てくるテロリスト3人の内1人が元自衛隊員の山上。
偶然とはいえできすぎている。
物語のテロは世直しのためのテロ。
現実の山上は個人的復讐のため安倍を狙撃(2022年7月)したのだが、考えようによっては世直しのためだったというと語弊があるだろうか。

以上、小説からの引用でつづった手抜き投稿だが、ヒロインともいえる桜田マリアがかもし出すファンタジックな要素などもあってとても楽しめる本でもある。

なお、本題とはあまり関係ないと思われるが、寵児の大学卒業論文にはとても強く関心を引かれた。
またの機会に触れてみたい。


◆ ドクダミ(ドクダミ科ドクダミ属)◆

ドクダミ 2018.5.21撮影 近所の庭
ドクダミはその名前からも、またその特有の匂いや日陰を好んで咲くことからも何となく近づきたくないイメージを持ってしまうが、その薬草としての価値はかなり高い。お茶としても使われるぐらいだから当然毒はない。4枚の白い花びらのように見えるものは苞で、花は中央にたくさん集まって花序を作っている。近づいてよく見ると、その苞の白さと花序の黄色がなかなか清楚な感じがして美しい。

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