2014年7月1日火曜日

集団的自衛権行使容認 とサンデーモーニング

赤旗2014.6.25付
安倍政権が安倍の野望実現に向けて強引に歩を進めている。
開店休業状態のこのブログだが、今日にも集団的自衛権行使容認の閣議決定が行われようとしているなかで、なにがしかの痕跡を残しておこうと思った。

安保法制懇は「多国籍軍参加も憲法上の制約がない」と報告した(5/15)。
安倍は「政府として採用できない」「武力行使を目的として湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加することは、これからもない」と最初に明言した。
なかなか巧妙だ。

5/28の衆院予算委で志位委員長は何度も「武力の行使をしてはならないという歯止めはどうなるのか」と問いただした。
安倍は「武力行使を目的とした戦闘には参加しない」とごまかし答弁に終始。
本当に巧妙だ。

私には「武力行使が目的でなければいくらでも戦闘に参加できる」と聞こえる。

今では「武力行使の新3要件」(閣議決定案)などと胸をはっている。

本ブログではTBSのサンデーモーニングがこの問題をどう取りあげたかを書く。

サンデーモーニングはいつも観ているが、ずいぶん前から下図のようなフリップを毎回掲げてい
る。
2014.6.29 サンデーモーニング
これを見ただけでサンデーモーニングの立ち位置がわかる。
国民主権、平和主義、基本的人権の尊重を3大特徴とする日本国憲法を安倍が「戦後レジームからの脱却」を掲げて壊していこうとする構図が明快だ。
安倍の「積極的平和主義」は日本国憲法の平和主義と対立している。

見事だと思う。

それでは6/22(直近の1つ前)の番組から。

関口宏がフリップを見ながら「これを見ると、日本という国の形が根底から崩れていくと僕には見えてしまう」と言って、各コメンテーターに意見を聞く。

姜尚中

自分の直接的意見は抑えて学者らしく長々と分析をしたが、要約すれば次のようになる。

湾岸戦争時、アメリカから「ショー・ザ・フラッグ」と言われた。
あの時のトラウマが解消されない限り日本は「普通の国」になれない。
湾岸戦争から20年間、国の形を変えようということがやっと実りつつある。

これは自民党の立場を代弁しているのだ。
どちらかといえば好きな姜尚中だが、びしっと言ってくれなかったのが残念。

幸田真音

ものすごく大きな改革なのに、国民の認識の変化など確認もしないで、国民との乖離がどんどん広がっている。
70年も戦争しなかった日本を改めて見直して、それを変えてしまう覚悟やそれにともなう検証などまだ国民が納得していない段階で、どんどんなし崩し的に進められていくことに大きな不安感がある。
集団的自衛権をやるというのであれば、拡大解釈ではなく、憲法を改正するのかどうかというところの努力を踏んでからでなければいけない。
なぜこんなに急がなければいけないのか、なぜこれを一番に優先しなければいけないのか、国民との感覚の違い、乖離がある。

どちらかといえば嫌いな幸田真音だが、まともなことを言っている。

目加田説子

従来、護憲派の人たちはこの憲法は押しつけられたのではなく、国民が選択したんだ、と主張してきたし、70年戦争をしないという選択をして守ってきた。
それが、今なし崩し的につぶされかかっていて、国の形が根底的に変わろうとしているにもかかわらす、市民社会やメディアなどから声が上がってこないということが不思議。
閣議決定だけで決めてしまおうとしているわけだから、国民投票で憲法を変える権利を奪われている。
この危機が社会全体で共有されているのか。
憲法9条によってできなかった戦争ができる国になる、この大きく変わろうとしている危機感が社会のなかでじゅうぶん共有されていないということにむしろ危機感を持つ。

どちらかというとかなり好きな目加田さん。

中西哲生


(石原の金目発言や自民党都議会議員のセクハラヤジなど)政治家の価値観にハテナがつくような行動が多いなかで、閣議決定だけでいろんなことを進めていくということのこわさを我々はもっと強く認識しないといけない。
一般の社会の人はあの感覚と同じではない。
そこから考えても、ここは踏みとどまるべきではないか。

なぜスポーツジャーナリストがレギュラーコメンテーターなのかハテナがつくが、そんなに変なことは言わない。

岸井成格


自衛隊が海外で武力行使することについて、限定的といいながら、拡大していって歯止めがきかなくなるということがわかってきた。
しかも、与党協議の中身の15事例が、高村さん自身が白状しているように全然つまっていないで急いで閣議決定するとはなんなのか。
国民不在で密室で協議している形だ。
ここで踏みとどまれるかどうかというのは、公明党にとって政党としての存亡がかかっている。
このまま閣議決定に突っ走ることはとても無理。

秘密保護法あたりから急に存在感を増してきた岸井氏。
私の彼に対する好感度も急激に上がってきた。

ということで、サンデーモーニングという番組は首尾一貫して今の安倍政権の暴走に警鐘を鳴らしている。
他の民放の報道番組を観ていないから断言はできないが、これは特筆すべき良心的番組ではないだろうか。
NHKはサンデーモーニングの爪の垢でも飲めと言いたい。

ところで、この日のサンデーモーニングのハイライトは、コメンテーターが発言する前にあった。
インタビューでビデオ出演した小林節だ。

小林節

日本は戦乱の絶えない地球上で70年間も戦争をしなかった。
これは9条のおかげなんですよ。
解釈変更したらですね、危険が増すんですよ。
積極的平和主義と言いながら、アメリカの敵を全部日本の敵にしてしまうんですよ。
日本にテロの危険性がくる。
本当の話ですよ。
アメリカで起きた、イギリスで起きた、スペインで起きたじゃないですか。
これが日本で起きるんですよ。
これだけのことをきちんと説明しなきゃダメですよ。

あの小林節がここまで言い切った。
とても感動した。

このブログを書いている途中でNHKの7時のニュースを観ると、予定通り閣議決定が行われていた。
安倍が次のように言っている。

「(集団的自衛権行使容認により)抑止力によって日本が戦争に巻き込まれるおそれは一層なくなっていく」

オランダのハンス少年像
小林節が言っていることと真逆だ。
今日の赤旗社説が書いているように、「時代の大ウソ」といっていいだろう。

一昨日(6/29)のサンデーモーニングでは、オランダのハンス少年の話を例にして、今回の閣議決定は「アリの一穴」だと警鐘を鳴らしていた。

次回(7/6)はどのような内容になるのだろうか。
期待している。


――ここから引用(赤旗2014.7.1 主張
自衛隊発足60年
「時代の大うそ」またつくのか

 きょうは、1954年7月1日の自衛隊創設から60年です。

 安倍晋三政権は集団的自衛権の行使を可能にする解釈改憲を強行し、自衛隊を「海外で戦争する軍隊」へと大転換しようとしています。戦場に送られた自衛隊員が殺し、殺される―。発足以来、国民が決して許してこなかった事態につながる歴史的な暴挙は絶対に認められません。

発足時の厳しい警告

 自衛隊は、50年に連合国軍総司令部(GHQ)の指示でつくられた警察予備隊を前身にしています。警察予備隊を指導した米軍事顧問団初代幕僚長のフランク・コワルスキー氏が、その創設を「時代の大うそ」と呼んだのは有名です。同氏は「日本の憲法は文面通りの意味を持っていないと、世界中に宣言する大うそ、兵隊も小火器・戦車・火砲・ロケットや航空機も戦力でないという大うそである」と指摘しました(『日本再軍備 米軍事顧問団幕僚長の記録』)。

 戦争を永久に放棄し、戦力の不保持を定めた憲法9条に反してつくられた警察予備隊はその後、さらに本格的な「軍隊」として強化され、52年の保安隊への改編をへて自衛隊になりました。

 歴代政権はこの60年、自衛隊は憲法9条が保持を禁じる「戦力」ではなく、外国による武力攻撃から日本を防衛するための必要最小限度の実力組織だと説明してきました。一方で、それは、日本に対する武力攻撃を排除する目的以外での武力行使、すなわち、集団的自衛権の行使や国連の集団安全保障措置への参加など海外での武力行使を禁じるという制約にもなってきました。

 安倍・自公政権が集団的自衛権の行使容認のため改ざんし、一部を悪用した72年の政府見解ももともとは「憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない」と断じていました。

 自衛隊発足直前の54年6月2日、参院本会議は「自衛隊の海外出動を為(な)さざることに関する決議」を採択しました。趣旨説明をした鶴見祐輔議員が「自衛とは、我が国が不当に侵略された場合に行う正当防衛行為であって、それは我が国土を守るという具体的な場合に限るべき」だと述べ、「如何(いか)なる場合においても、一度この限界を越えると、際限もなく遠い外国に出動することになることは、先般の太平洋戦争の経験で明白」だと警告を発していたことが想起されるべきです。

歴史の教訓にそむく

 自衛隊の「海外出動」は90年代以降、国連平和維持活動(PKO)やインド洋、イラクへの派兵と拡大してきました。それでもなお、自衛隊の武力行使は日本防衛のための必要最小限度に限られ、海外では行わないという見解は堅持されてきました。安倍・自公政権はこの「限界」を一片の閣議決定だけでクーデター的に一気に飛び越えようとしているのです。

 アジア太平洋戦争という歴史の痛苦な教訓に背き、日本を「海外で戦争する国」にする新たな「時代の大うそ」は、世界にも国民にも決して通用しません。


◆ ウミネコ(カモメ科カモメ属) ◆

ウミネコ 2013.9.16撮影
魚をくわえるウミネコ。なんてことない写真だろうが、私にとってはたいしたものなのだ。


1 件のコメント:

  1. 私は、驚きました。まだ、サンデーモーニングを見ておられるのですか?
    日曜日は気分良く過ごしたいので、左よりの論調で正しく伝えていないお話は、
    聞くことも、見ることもありませんね。もっぱら犬の散歩に出ています。

    さて、集団的自衛権が有っても、無くても、戦争を仕掛けて来た国には国を守るために戦うのは何処の世界でも常識になっています。今回は安保に守られた日本が日本国と国益を守るために戦うアメリガが攻められた場合には、同様に戦えるようになっただけで、これを過大解釈して他国を攻めるなんて無理です。

    私は、安保は無しにして、米国に基地を提供せずに、自国を自分で守れるような軍隊を持って自立した国家になってほしいと思っています。
    よもや、悪意がある国々の中で、軍隊無しで自国を守れるとは思わないでしょうね、話し合いの出来る場の国連なんて常任理事国の拒否権で、まったく焼くに立ちませんよね。

    少し、貴殿に、話題提供しました。よろしく。

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