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2020年5月6日水曜日

日本国憲法の誕生 ⑳憲法改正草案要綱 ついに国民の前に現る

入江俊郎
翌日(3月6日)のマスコミ発表のために、憲法改正草案の要綱を徹夜で作ったのは入江俊郎法制局次長たち。
入江俊郎といえば、後年最高裁裁判官としてあの有名な砂川裁判の最高裁判決を書いた人だ。
ちょっと幻滅。

その要綱だが、鈴木昭典の「日本国憲法を生んだ密室の九日間」には、「いちおう条文の形になっている草案から要綱にする作業が残っていた」とあるから、要綱という言葉からしても、私はてっきり草案(全文)を要約したようなものだと思い込んでいた。

ところが今回その要綱全文を国立国会図書館HPで調べてみて、それは要約ではなく、文体がやや簡素化されているだけで、ほぼ草案そのものだということを知った。
Windowsアクセサリーソフトのメモ帳で比較したら、要綱は182行、4月17日に正式に発表される口語訳草稿は194行で12行少ないだけだ。

現憲法とほとんど変わらない分量なので、ここで全文紹介するのは控えて、前文と第1条、第9条を抜粋する。

憲法改正草案要綱(抜粋)
日本国民ハ、国会ニ於ケル正当ニ選挙セラレタル代表者ヲ通ジテ行動シ、我等自身及子孫ノ為ニ諸国民トノ平和的協力ノ成果及此ノ国全土ニ及ブ自由ノ福祉ヲ確保シ、且政府ノ行為ニ依リ再ビ戦争ノ惨禍ノ発生スルガ如キコトナカラシメンコトヲ決意ス。乃チ茲ニ国民至高意思ヲ宣言シ、国政ヲ以テ其ノ権威ハ之ヲ国民ニ承ケ、其ノ権力ハ国民ノ代表者之ヲ行使シ、其ノ利益ハ国民之ヲ享有スベキ崇高ナル信託ナリトスル基本的原理ニ則リ此ノ憲法ヲ制定確立シ、之ト牴触スル一切ノ法令及詔勅ヲ廃止ス。
日本国民ハ永世ニ亙リ平和ヲ希求シ、人間関係ヲ支配スル高邁ナル理想ヲ深ク自覚シ、我等ノ安全及生存ヲ維持スル為世界ノ平和愛好諸国民ノ公正ト信義ニ信倚センコトヲ期ス。
日本国民ハ平和ヲ維持シ且専制、隷従、圧抑及偏狭ヲ永遠ニ払拭セントスル国際社会ニ伍シテ名誉アル地位ヲ占メンコトヲ庶幾フ。我等ハ万国民均シク恐怖ト欠乏ヨリ解放セラレ、平和ノ裡ニ生存スル権利ヲ有スルコトヲ主張シ且承認ス。
我等ハ何レノ国モ単ニ自己ニ対シテノミ責任ヲ有スルニ非ズシテ、政治道徳ノ法則ハ普遍的ナルガ故ニ、之ヲ遵奉スルコトハ自国ノ主権ヲ維持シ他国トノ対等関係ヲ主張セントスル各国ノ負フベキ義務ナリト信ズ。
日本国民ハ国家ノ名誉ヲ賭シ全力ヲ挙ゲテ此等ノ高遠ナル目的ヲ達成センコトヲ誓フ。

第一 天皇
第一 天皇ハ日本国民至高ノ総意ニ基キ日本国及其ノ国民統合ノ象徴タルベキコト

第二 戦争ノ抛棄
第九 国ノ主権ノ発動トシテ行フ戦争及武力ニ依ル威嚇又ハ武力ノ行使ヲ他国トノ間ノ紛争ノ解決ノ具トスルコトハ永久ニ之ヲ抛棄スルコト
陸海空軍其ノ他ノ戦力ノ保持ハ之ヲ許サズ国ノ交戦権ハ之ヲ認メザルコト

毎日新聞 1946.3.7付
かくして3月5日の午後4時頃に終わった日米の激烈なすり合わせからわずか23時間後の3月6日午後5時、この「憲法改正草案要綱」は勅語や内閣総理大臣の談話などとともに内閣からマスコミ各社に発表され、翌日の各新聞に掲載されて国民の知るところとなる。

この新聞発表を見た国民はさぞ驚いたことだろう。
国立国会図書館の解説では「国民は大きな衝撃を受けた」とある。

それはそうであろう。
わずか1カ月前の2月1日に毎日新聞がスクープした政府の古色蒼然とした憲法改正私案とは天地がひっくり返るようなギャップがあったからだ。

しかし、驚きながらも国民はこの改正草案要綱を好意的に受け止めた。

国民の反応と松本烝治

この国民の反応については、ジェームス三木が「憲法はまだか」という小説の中で次のように書いている。
一般国民の反響は、すこぶるよかった。
特に「戦争放棄」の条項は、あらゆる層から熱烈に歓迎された。
むろんアメリカの占領下であるから、大なり小なり、マッカーサーの意向が働いていることは、誰にでも想像できたはずだ。
にもかかわらず、草案に書かれた永久平和の理念は、戦災に打ちのめされた国民の胸を強く打ったのである。
次に国民が安堵したのは、天皇制と主権在民との絶妙な調和であった。
当時の世論調査では、従来の天皇制支持が16パーセント、道義的中心とする考えが、50パーセント前後であった。
これはマッカーサーの読みが、松本(蒸治)の主張を、凌いでいたことを意味する。
「ぼくには日本国民というものが、まったく分からんね。
ぼくは国民に怒られたくないから、天子様を一生懸命守ったんだ。
主権在民という言葉に、必死で抵抗したのも、そのためだったのに――」
松本の述懐は、無念に満ちているが、実は「国民の頭が悪かった」と、いいたかったのではないか。
また、松本烝治については古関も「日本国憲法の誕生」の中で次のような鋭い批判をしている。
裁判に負ければ裁判官の頭が悪い、と言っていた松本が、GHQに負けて、日本国民がわからん、国民のために天皇主権にしたのに、といかにも国民が悪いかのごとく言っていたことは実に興味深い。
考えてみればそれもそのはずである。
「頭のよくない」国民のことなど松本が本気で考えたことがあっただろうか。
当時の国民が天皇主権など望んでいなかったことは新聞発表の世論調査をみれば一目瞭然であったではないか。
松本案のごとく明治憲法と同様の天皇の地位を望んだものはわずか16%にすぎず、約半数は「道義的中心」としての地位を望んでいたのである。
民間諸草案も主流は国民主権であったことははっきりしていた。
高野岩三郎や鈴木安蔵がGHQ案とかなり近い民間草案を起草しえたのは、戦前・戦中を通じて彼らが権力の弾圧に抗して、抑圧に苦しむ人々の生活と人権を擁護し、そのための学問をしてきたからに他ならない。
近代憲法を起草すること、それはまさに抑圧に苦しむ人々の人権を保障すること以外のなにものでもない。
その立場を背骨に貫く思想を持たない人間に「憲法制定の父」となる資格はなかったのである。

各政党の反応

自由党と進歩党(2大保守党)

原則的に賛成。
天皇制の護持、基本的人権の尊重、戦争の放棄を主内容としている点で、わが党が発表した憲法改正案の原則とまったく一致するから。

*この両党は、ほんの2カ月前に「明治憲法」と大差ない憲法草案を出しているので笑える。

社会党

ポツダム宣言の忠実な履行と民主主義的政治に対する熱意の表明として賛意を表する。
一方、天皇の大権に属する事項が多きに失するなど、天皇と議会に関する4点に注文をつける。

共産党

反対。
逆に天皇制の廃止、勤労人民の権利の具体的明記など5項目を提案。

*6月になって、「新憲法草案」(通称「日本人民共和国憲法」)の名で具体的提案をする。
天皇制の廃止を掲げて憲法改正草案要綱に反対をとなえた当時の骨太共産党がちょっとなつかしい。



 五島列島シリーズ㉕  ◆ トキワツユクサ(ツユクサ科ムラサキツユクサ属)◆

トキワツユクサ 2018.5.7撮影 福江島
久賀島から福江島へ水上タクシーでもどって、福江島北端にある宮原教会の近くで見つけた。葉がツユクサに似ているなと思い、調べて見るとトキワツユクサという種だった。日本には昭和初期に観賞用として持ち込まれ、帰化植物として野生化しており、外来生物法により要注意外来生物に指定されているとWikipediaにある。人間の身勝手により要注意外来生物に指定されるとは花がかわいそう。花からしたら、人間こそ要注意外来生物だったろうに。

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