たんぽぽ
ページ
(移動先: ...)
ホーム
ブログ開設のきっかけ
私のメディア
▼
2017年8月30日水曜日
日本国憲法の誕生 ⑨民政局はなぜ短期間で草案をつくることができたのか<3> 鈴木安蔵と植木枝盛
›
鈴木安蔵 鈴木安蔵は、京都大学在学中にマルクス主義にひかれ、1926年(大正15年) 京都学連事件 で検挙(治安維持法違反第1号)、豊玉刑務所に2年服役している。 服役中に憲法研究に傾倒し、出獄してからも 吉野作造 に励まされたりして、憲法研究に拍車がかかった。 1...
1 件のコメント:
2017年8月25日金曜日
日本国憲法の誕生 ⑧民政局はなぜ短期間で草案をつくることができたのか<2> 憲法研究会
›
1945年の暮れから翌年にかけて、政党を含む民間の憲法草案がいくつも世に発表された。 そのどれもが政府の松本蒸治案に比べればすぐれているわけだが、なかでも、憲法研究会のものが抜きんでていたようだ。 ちょうど10年前の2007年、つまり日本国憲法施行60周年の年、NHKは2本...
2017年8月8日火曜日
日本国憲法の誕生 ⑦民政局はなぜ短期間で草案をつくることができたのか<1> 民間憲法草案
›
角川ソフィア文庫 極東委員会の発足が2月16日に迫るなかで、マッカーサーが日本政府を見限り、GHQ民政局に憲法草案を作成するよう命じたのが2月3日。 その草案ができあがったのが2月10日という説があって、これが安倍も言っている「たった8日間で…」の根拠なのだが、じっさい...
2017年8月5日土曜日
日本国憲法の誕生 ⑥GHQは憲法草案作りをなぜ急いだか
›
マッカーサー マッカーサーが日本政府を見限ってGHQ民政局に憲法改正案作成を命じたのが2月3日。 「玉音放送」(8.15)からもミズーリ号艦上での降伏文書調印(9.2)からも半年もたっていない。 もう少し日本政府を説得して、せめてあと半年ぐらい待てなかったのだろうか。...
2017年8月3日木曜日
日本国憲法の誕生 ⑤日本政府の改憲草案 その2 松本蒸治
›
幣原喜重郎 前回の近衛文麿と佐々木惣一の憲法案は、政府案とはいえなかったし、できあがったものも価値のないものであった。 近衛の悲惨な最期をどう考えるかはここでは触れない。 近衛が内大臣府御用掛として憲法改正の作業を始めた日は10月11日で、この日は新しく就任した幣原...
2017年7月28日金曜日
日本国憲法の誕生 ④日本政府の改憲草稿 その1 近衛文麿と佐々木惣一
›
この期に及んでも驚くべき旧態依然の支配層 東久邇宮内閣 1945.8.17~10.9 ポツダム宣言を受諾して無条件降伏(?)したはずの日本ではあるが、その支配層の絶対主義的天皇制に洗脳されきった頭は驚くばかりの頑迷固陋さだった。 そもそも8月15日の天皇に...
2017年7月24日月曜日
日本国憲法の誕生 ③ポツダム宣言受諾
›
ブログ「 みんなが知るべき情報/今日の物語 」から 前回2回まで安倍の低次元の憲法観について述べたが、安倍に限らず、保守的、右翼的改憲論の一番は、現憲法がGHQに押しつけられたものだからという論だろう。 だから彼らにとっては改憲も「日本を取り戻す」の一つになる。 この...
‹
›
ホーム
ウェブ バージョンを表示